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「慶応四年新撰組近藤勇始末」、「慶応四年新撰組隊士伝」著者、あさくらゆうが書いているブログです。 *なお、画像の無断使用、本来の意図と関係ない部分をツギハギして論争に使用することを固くお断り申し上げます。
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13日
8:40、起床。「梅ちゃん先生」の録画を鑑賞。

9:00、国会中継を聴く。たぶん今回の民主党に不安を持っていると思います。ただ、防衛大臣をプライドを持っているためか、さすがに役人からレジュメを持たずに答弁しています。

14:00、「近時新聞」の原稿を考える。ずいぶん考えた結果、調査の経緯を綴ることを決めました。いままでしたことのない事例ですけど史料の所在を明かすので参考になるかと思います。

17:00、ある程度原稿が出来て、出かけようと思ったら身体がどうもフラつきます。それと寒気も。ついでに女学雑誌の所在が国会図書館以外にないかも探ります。そしたら板橋と豊島にあるらしい。しかし豊島はタイムオーバーでOUT。板橋は常盤台ですので遠距離。本日はあきらめました。

19:00、足立区立中央図書館着。予定の書籍がココにないため、ほかにお願いしていた新聞を。予定していたものとまったく別モノとして有馬藤太の記事を発見する。よくあることです。こうした積み重ねが大事だと思っています。

 また「洋学史辞典」でも出典があることは非常に助かります。次回のステップとなります。

21:00、帰宅。同志社のTさんから電話。

 かけ直して談話。件の小説について。

 まぁ、Tさん曰く「知識がない」と言われるのはいかがなものかと思いますが、あの小説には不可思議なキーワードがいくつも散りばめられている。つまり北海道立文書館の公文書を読んだのならこの間違いはないと。下手をすると会津の観光史学家の史料である可能性があります。その文書が誤っており、それを利用したと。つまり、ちゃんとしたものを見ていれば間違えようのない語句が誤っているのです。

 まぁ、小説ですのでTさんも使用は控えるようにと述べてましたが、その通りですね。

 Tさんの追求は激しく、過去には吉村康さんが書いた小説「心眼の人、山本覚馬」において、八重と川崎尚之助が東京で会ったという吉村さんが考案したフィクションを確認しています。たぶんTさん以外に吉村さんへ確認した方はどのくらいいるでしょう。ひどい話では、吉村さんの小説をそのまま引用し(このとき吉村氏の作品を引用していないことが多いです)、東京での八重&尚之助ストーリーを史実のように記述している方を見受けます。

 Tさんは鈴木由紀子さんにも同様の追求をしましたが、鈴木さんは頑として「根拠はある!」としながらソースは明かさなかったようです。吉村さんオリジナルのフィクションなのですから史実でありようがないのに…。

 このあたりからどうも頭が…。クラクラするのが取れておりません。電話が終ったあとに「アンサー」を観ましたが、頭に残らず。

23:30より床に入り、なかなか寝付けず。1:00ころには眠れたか?

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12日
10:00、起床。天気は悪し。いつ雨が降ってもおかしくありません。昨日調査しといて良かったです。


 そういえば、昨日、久々に東京タワーをマジマジと見ました。画像ではわかり難いですが、まだ頂部のアンテナが曲がっています。直してないようですね。

13:00過ぎより雨。出かけるには降りが強すぎます。執筆したいので構想を練ります。でも5枚ですので、どのような型式にするかを検討。

14:00、「臨場」を鑑賞としましたが好きな作品でなかったので遠慮。映画になるそうです。昔なら映画館に行きたいところですが、映画館がなくなっている昨今、それが叶わなくなっております。浅草は全滅。上野もほぼ全滅。運がよければ王子。新宿は嫌いなので行きたくないし、どうしましょう?

15:00、群馬県立文書館よりレファレンスの返事。どうも誤って伝わっていたようで再度お願い。ちなみにこの時間「相棒」鑑賞。観た記憶はありますが少し忘れています。

17:00、少々体調不良に。少し休憩。

20:00、少し買い物。それとツタヤに寄って、友人各位が問題にしている「歴史リアル」がないか探すもなし。その代わり、インチキ雑誌「歴恥人」を発見。ひとつだけ思ったのか、新人物往来社の往年の執筆陣が中心となっており、過去から現在にいたる坂本龍馬研究者は除外されています。最低でも宮川禎一さん他、学術関係者を入れるべきなのに、まったく関係ない三馬鹿トリオを入れてトンでも理論を展開しています。言い方を変えれば、作者名を明示せずに「コレに載ってるからコウだ!」とするのは危険極まりない。それとひとつの史料がすべて、という方もいる。傍証がないものは採用するのは危険に過ぎることは史学の常識だと思うのですが、まぁ、この鉄則を前提にしたら執筆できなくなる方々ですから仕方ないのかもしれません。

21:30、帰宅。ここから頭痛が。特に頭の血管がチクチクします。昨日も少しありましたが、きょうは昨日よりも凄い。右目を開けてると痛いのでバンダナを眼帯代わりにします。

23:00、さすがに往生しましたので就寝。

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11日
6:00、起床。昨日疲労していた関係でよく眠れました。

12:00、家を出ます。コピーやら。

13:00、国立公文書館に到着。各文書を閲覧。良いものが見れて参考になること多し。こういうことがあるのは助かります。


15:30、迷いながら神谷町の光明寺へ。「光明寺」と聞くと俳優の伊豆肇さんが浮かぶのはマニアックですか(爆)

 ここにはお寺には珍しくテラスがあります。なので近在の方々が休憩に訪れています。今回はここに祀られている市川一学墓所へ詣でました。兵学者で松前城の建築にも携わりました。


16:50、東禅寺に到着。なんか閉門しているのも不思議なので別に門があるかと思い、探しているところに近所の方がこ声をかけていただき、そこで閉門が16:00だということを知りました。ちなみに開門は6:00だとか。御礼を述べて辞去しました。ちなみに墓所に「観光目的の墓参は禁止」とありました。どうやら昔なにかあったのでしょう。「観光目的」に限定されています。

17:30、国立国会図書館に到着。図書、雑誌等を閲覧します。少し功あり。

19:00、閉館とともに辞去、の予定でしたが、何やらトラブル。少し仲介してから辞去。なんかおせっかいですね(汗)実はきょうは個人的に国会図書館のシステムで気分を害すことがあり、対応が下請けでしたので怒りを抑えていたところでしたので、少々同情したのもあります。今年はシステム改造をしましたので、それが原因でトラブルも多発しています。もちろん馴れれば、ある程度解消されますが、まだまだでしょう。

21:00、コンビニで買い物をしてから帰宅。ついTVドラマを観てしまいます。寺脇康文主演のドラマですが、最期が無茶苦茶でした。だって引きずっていた足で蹴りを入れてはいけないでしょう(汗)

0:00、就寝。
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10日
 実は午前中の出来事をあまり覚えておりません(汗)

 理由は後に述べる出来事です。これで大体記憶が抜け落ちました(汗)たぶん読書はしてたでしょう(汗)

12:00、なにげにNHKのニュースを観ていると、荒川車庫で都電のイベントが行われているとの報道がありました。そして13:00が〆切だとか?

 めったに鉄道のために身を犠牲にすることはないのですが、近所と「レア」という言葉に惹かれ、身体を動かしまして、行ってきました。家からは約15分ほどで到着します。


 こんな感じです。このうち6000型(中央の車輌)というのが昔の都電です。幼少のころ、車掌さんから切符を買った記憶があります。このころは「後乗り前降り」でした。そのため、並んでいてもこの車輌だけ両端にドアがあるため、列がバックするはめになり往生していました(ほかは中央に入口がりました)。ワンマン(左端)が誕生してからコチラは前乗りでしたから更にパニックです(確か1年くらい混在した記憶があります)。

 車掌さんの印象は皆やさしい記憶があります。その代わり運転手は粗暴な態度だった気がします。昔は冷房なんてものはありませんから、窓を開けて冷気を取りますが、切符を窓から風に吹かれて飛ばしてしまった際、車掌が運転手に「この子は大丈夫だから♪」といって降ろしていただいた記憶があります。

 ただ都電はいま、「混雑」+「遅い」という理由からあまり乗っていません。特に日中はシルバーパス軍団で混雑します。車内に20人くらいいて、ざっと見で平均年齢70歳!というような感じの路線です。

 まぁ、懐かしい車輌に近づける訳でもなし、そそくさと辞去する際、こんな車輌がありました。


 一度運転している姿を見たいですね(笑)というか何だろう?物置にしてはドアノブですし、休憩施設なら窓がない。第一台車まで備わっています。いやはや不思議です。


 その後、裏に回ると花電車がトラバーサー?に載り展示されています。実は現役時代、一度も見ないで終わりました。昔は6000型でしたが、数年後にスクラップにされましたので7500型という車輌を改造しています。

 ちなみに知らない方が多い話ですが、都電はなぜか「上モノ新造」が多いのが特徴です。7000型というのも上が昭和50年代前半に製造されていますが、下は昭和30年代前半。7500型は上が平成、下は昭和30年代後半に作られています。ちなみに7000型の上モノは確か函館市電に1輌、7500型はドコかに保存車輌として残されていたかと思います。というか、7500型は新型も荒川線では殆ど引退してますので、不忍通り沿いに保存車輌があります。

 というマニアの記憶を巡らしながら12:55、帰宅。

13:30、なんか息苦しい。具合が悪い。なにか怨霊でも取り憑いたのでしょうか(汗)ついには吸入機も使うハメとなり、横臥。そのまま就寝。

15:00、それでも根性を入れて出かけようとベスパ号にガソリンを入れて出発!と思ったら雨……。危険なのでそのまま帰宅。

 結局そのまま家で安静にしていました。息苦しいから本も読めず、煩悶。

21:00、ようやく呼吸が楽になって「ATARU」を鑑賞。自閉症というテーマが強くある作品で、うまくこなしています。

 実は、私より年上ですが、親戚に自閉症の方がおります。子供のときによく遊びに来ました。この子が鉄道マニアでして、よく交通博物館へ一緒しました(ちなみに鉄道博物館へは一度も行ったことはありません・汗)。

 都電とこの子で思い出しましたが、私の祖父が亡くなった際、「お祖父ちゃんはナンで死んだの!」と言った際、その子の母親「お祖父ちゃんは歳を取ったからよ」と言われました。このことが記憶に残ったのでしょう。先ほどの車掌さんがいる都電に乗車した際、目の前に座っているの老人を指さして、いきなり

お爺さん、あなたは死にます

 イヤハヤ……。もう車内はパニックです。満員の車内で車掌さんも事態の収拾にやっきとなり、事態を収めようとしても、自閉症の子は効く訳はありません。何度も連呼することになり、指指された老人は顔面紅潮して洒落にならない事態に!おかげでずいぶん手前の停留所でウチの家族は全員降ろされました(汗)

 話が都電の思い出になりましたが、ちょうど重なりました。ちなみにちゃっかりウチの家族は次に来た電車に乗って、その子には車窓を見せることでなんとか事件は未然に防ぎました(笑)

23:30、さすがに身体も疲労のピークを迎え、就寝。

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9日
3:00、起床。食後、「高島秋帆」を読む。89Pの時点で腹痛が激しく、読める状態ではない。

8:30、気がついたら気絶しており、起床。

 「高島秋帆」読書再開。

13:00、気分転換に裁縫。カーテンの寸ツメです。カーテンなので時間がかかりました。ミシンがないので手縫いです(汗)

18:00、どうしても我慢ができなくなって雨の中、台東区立中央図書館に参りました。おかげで市川熊雄の年齢がわかりました。たぶん明治まで生きたと思われます。高島流についても現在の基準は天保6年(1835)が創始説が濃厚のようです。荻野式から始まり、長崎町年寄という地位を利用して大砲を仕入れ、それを参考に自身で製造販売しています。高島秋帆という人物の処世術が見えてきます。

22:30、読了。批判的な書籍と肯定する書籍を読んで納得。来週国立公文書館へ行くまではこれでOKです。

23:30、「試衛館まつり」がUPされました。翌日のブログで公開したく存じます。
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