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「慶応四年新撰組近藤勇始末」、「慶応四年新撰組隊士伝」著者、あさくらゆうが書いているブログです。 *なお、画像の無断使用、本来の意図と関係ない部分をツギハギして論争に使用することを固くお断り申し上げます。
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1日(つづき)
 帰宅後、電話とメールに気付きました。ちょっと深刻な事態に。最初に相談を受けた際、大人の対応でお願いしたつもりで、実際、先方にもそのように伝えたのがいけなかったようで、こじれてしまいました。優柔不断な私の責任もあり悩んでしまいました。

1:00、就寝。

2日
10:00、起床。いくつかの対処を行いました。

 ほかにも会津若松市に用事もあり連絡。紹介者がいるということが大事なのだと本当に実感しました。おかげで話はスムースに進みました。その後、資料を作成し、それで時間がかかりました。

14:00、家を出て各所に寄ってから国立公文書館に。先週行くつもりでしたが、疲労でダウンしていましたのでこの日にいたしました。つくば分館から取り寄せておりますので約1ケ月経過しております。ちなみに公開文書が増えてきたのは私が閲覧しているからです(笑)申請があるから審査する訳で、公開となれば、検索の際、公開に切り替えられます。

 で、文書ですが、残念ながら期待するものはなし。その代わり、慶応四年4月2日、近藤勇改め大久保大和守率いる幕府陸軍隊の本陣となった鴻池の主人、永岡三郎兵衛の記録がありました。どうやら維新後は外国商品の販売を考えたようで、その仕入れの際、トラブルが起きて、訴訟になってました。

 結論は証拠不十分ということで無罪です。ちなみに三郎兵衛の妻が「はま」さんだと判りました。

 この閲覧中、一通のメールが。眼を疑いたくなるような内容に仰天し、メールでお詫びするのでは気持ちも伝わらないと思い、閲覧を早めに切り上げて電話を。一応、気をつけていたのですが、最初のころに提供した文書について、書簡にて所蔵先、使用する際の手続き方法は述べていたのですが、見事に横紙破りをされました。豪腕はいまの世にはなかなか通用しないのですが…。僅かながらの責任ですが謝罪することに。歴史研究とは全く関係ないことで謝罪することがこの2日で3回ありました(汗)それも親切の裏返しで。

 一応、電話を切って、当初予定していたものを変更して19:00ころ帰宅。疲労でヒィヒィしていました。

23:00、各種電話をいただき、トラブルも終了。ひと安心(笑)

 そういえば、こういう会話を教えていただきました。一応、ある研究者を「某」として、ある変質者を「ク」と標記します。

某「あなたの書いたことは間違ってるので、私の論文では指摘します」
ク「ポクの書き事は間違っていない、お前はおかしい」
某「ならば正しいという根拠を示す文書を教えてください」
ク「それは教えられない」
某「教えてくれなければ確認できないでしょう!」
ク「ポクはあなたの論文をすべて読んでいる」
某「それは関係ないでしょう」
ク「クネクネクネッ…クネッ…クネックネクネクネクネクネクネクネクネ…」

 まぁ、確認不能な文書はないものか、あるいは民明書房の刊行物か、いずれかになります。これで変質者の作文は使用できないことが証明されました。

 一応、断っておきますが、この作文が掲載された雑誌はあえて公開しませんのでご了解をいただきたく存じます(笑)

1:00、就寝。
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1日
8:00、起床。睡眠薬の効果で頭のみはスッキリです。

10:00、支度を整え、家を出ます。田端から御徒町経由で豊島園駅に向かいます。

11:50、途中、所用を終え、余裕があるつもりでいましたが、気が付いたらこの時間に集合場所に到着。スタッフが2名欠員ができてしまい、急遽、協力団体である今戸新撰組さんと、河内貞芳さんにお手伝いいただくことに。

12:00、人数が集まったところで約20名が揃い、開会の挨拶を市谷柳町試衛館副館長補佐代理心得の大久保さんが行い、私への挨拶へと移ります。挨拶の後、今回電車&バスで費用も嵩みましたので、私がいただいたプレゼント各種を記念品として抽選でプレゼントしました。江戸っ子ですので、最後ではなく最初に配ります(爆)


 最初は豊島園駅を降りてすぐにある田島十二ヶ寺墓地へ。3ケ所巡り、参加者に焼香していただきました。画像を見ると、左側の人物が目前にある石を持ち上げられるかどうか悩んでいる姿に見えますが、一応、皆様説明した後に焼香待ちか、焼香後に見つめているかの図です(笑)

 そして、再度豊島園駅に戻り、大江戸線に乗車し、国立競技場駅に到着。エレベーターで昇り、再度坂を降りて、まずは玉川上水余水川の遺構を見学していただき、その後、沖田総司逝去の地を案内しました。偶然のいたづらである程度特定できたのは幸いです。


 次に千駄ヶ谷橋の説明です。いまある道は昭和7年に作られたもので、江戸時代からある道幅が千駄ヶ谷橋の遺構でわかります。この道を沖田総司は運ばれてきたことを説明しました。


 ここで河内さんを紹介してご本の説明をしていただきました。本日関係する沖田芳次郎も所収されております。

 ここから歩き、14:15にモスバーガーで休憩。ここは伊勢屋跡で、幕末は石田村名主、直次郎の叔父、森蔵が当主でした。そのため、土方歳三の甥たちがここで奉公しています。五姓田派を学んで近藤、土方の写真絵を遺した土方力三郎もこの地で学びました。

 本当は通りから少し引っ込んだ場所にあったのですが、拡幅工事のため、現在は伊勢屋のあった場所が通りに面することになっています。

14:50、同所を出発。住吉町の安養寺へ向かいます。ここでも柴田平五郎家の墓所で皆さんの焼香をしていただきました。ボーイスカウトのオリエンテーリングのポイントではありませんので見学はしません。あくまでも参拝していただくのが試衛館流です。まぁ、神葬墓地はありませんでしたので玉串は用意しないで済んでいます。

 ここからバスに乗車し、15:37、一気にバスは満載となり、乗客を運んで牛込柳町駅へ。本日はサンバ祭りのために迂回運転しています。考えようによっては貴重です。

16:00、試衛館跡で説明します。この時点で雨脚が強くなり、本降りとなりました。いままではあまり傘をささないで良かったのですが、さすがにもう傘が必要です。

16:20、牛込柳町駅に戻り、市谷柳町試衛館館長より挨拶が。エールをいただき大江戸線で蔵前へ。


16:50、蔵前駅からバスに乗り換え今戸で下車。雨が降るなか、この方もエールを送ります。


17:00、最終地点の今戸神社に到着しました。最後に記念撮影です。みなさまお疲れ様でした♪

 この後、雨のため露天では話が出来ませんので浅草じゅらくで懇親会を催しました。和気あいあいに盛り上がりました。

19:00、解散。この後、御礼も兼ねて河内さんとデニーズでお茶。いろいろ教えていただきありがとうございました。

22:00、まだ運良く出ていたバスに乗車。鶯谷駅で乗り換えて田端駅へ。けっこう濡れながら帰宅。

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29日

6:30、少し早めに東京駅に到着。疲労してましたので当日の予定を切り替え帰宅。こういうときに限って目の前でバスを逃すものです(汗)

 帰宅後に届いたメールを確認。やることは多々ありまして…どんどん疲労は溜まります。

13:00、古平町に再度問い合わせ。対応が親切で助かりました。

14:00、疲労でダウン。就寝。

20:00、起床。ようやく疲れは取れました。その代わり、本日の予定はダメになりました。

30日
1:00、あしたの試衛館まつりでトラブル発生。対処。

2:00、就寝。

8:00、起床。ある程度旅の疲れは抜けました。

11:00、国立国会図書館に到着。図書&雑誌&新聞&文書を閲覧します。

 結論的に効果的なものは少なく、コピーも最小限となりました。

 最後に着目したのは「武侠世界」ですが、近藤勇の話があります。こういう講談ネタをいかにも真実のように騙る方が講演をよくされてますが、傍証を取るまでもなくおかしい記述を真実と騙られてはたまったものではありません。いやはや新選組という狭い領域だけでよく起こる現象です。

 文書の方も、憲政資料室の目録がリニューアルしており少し迷いました。さりげなく寄託文書もあることを知りました。余裕と時間が許せば効果的なものは多いと思います。ただし、古文書を読みたい、と思える方限定ですが。

 それと「男爵山川健次郎伝」ではじめて写真で平山主一の顔を見ました。嘉永5年生まれですから、若い時期に撮られたのでしょう。綱淵謙錠さんの小説でも出典があったのは助かりました。ただし、平山と心中したという出典はわかりません。心中なら新聞記事に出ていそうですが、朝日、読売新聞のデータベースにはありません。

17:00、同所を辞去。

18:00、どうしても、またいただきたくてインドカレーを。やはりナンは良いですね。

19:00、またしても試衛館まつりでスタッフトラブル発生!きっとくねくねの呪いでしょう。館長が昔クネクネをネックハンギングしたので、いま、キモ男が首を絞める夢を館長の娘さんが見ているそうです。恐るべしクネクネ!

23:30、準備を終え、就寝。
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28日つづき
 さて、五稜郭タワーに到着いたしました。


 ここには3台の大砲のレプリカが設置されていました。さすがに四斤砲含め、すべて滑空筒でした(笑)モニュメントですからソンなところに金はかけませんね(笑)そういう意味では鳥取市歴史博物館で展示していたアームストロング砲は螺旋の溝がありましたので凄いですね。もちろん試射はしません(爆)

 2Fにはエレベーターを見つけることができませんでしたので、階段で。あることは知っていましたが、初めて五島軒に入りました。売店も兼ねてまして、一生懸命ガラムマサラを宣伝していました。


 私がいただいたのは葦火野カレーです。牛筋とマッシュルームのカレーですが、命名の理由は不明です。ただ、船山馨の小説をご存知の方はどれだけいるでしょう。私は感動したひとりですが、幕末ファンですと、「幕末の暗殺者」を刊行しています。私は「薄野心中」が大好きです。たぶん斉藤一を主人公にした小説では初出ではないでしょうか?

 余談ですが、ここに新人物な研究者が船山さんの小説をそのまま引用して新見錦のエピソードに入れてしまい、問い合わせた方がいるも、「どこかにあるのだけど、いま資料整理中でわからない」との見解だったようです(爆)こういうレベルが新人物往来社ライターです。昭和50年代中期までは真面目に郷土史家の研究で、誤りがあっても十分に訂正に足るものでしたが、例の通称「三馬鹿トリオ」が登場してから出典不明、インチキが横行しています。アチコチで自慢してることが誤りだったりすると、「私が悪い訳ではない」というようになったのも、この頃からです。

閑話休題、
 30分ほどで図書館に戻り、アーカイヴを閲覧します。ひとつだけ問題ですが、実は画像は見開きではなく、片側1ページです。100ページあれば1,000円かかります。

17:30、ギリギリの予定幅で終了。図書館前からバスが出ており、その時間を量りながらバス停へ。約3分でバスが到着。そのまま乗車、函館に向かいます。ちなみに市電よりスピードは速いと思います。

 函館駅よりひとつ前で下車。この方が市電の停留所に近いのです。そして市電に乗車します。笑い話ですが、追い抜いた市電の次の電車に乗車しました。ちなみに7月から節電ダイヤになるそうです。計画を前倒しして正解でした。


 やって来た市電に乗車します。いやはや、たぶん40年以上前に製造されたものでしょう。冷房って何?みたいな、扇風機さえない車内に頑丈そうな鉄骨ボディが印象的です。

18:15、終点の谷地頭よりタクシーに乗車します。函館のタクシーは雲助が多いです。指示した場所と反対方向に行こうとします。3回に1回くらい当たります。観光客をナメていると函館の観光客が減ることを理解していないらしい。

18:20、我が家の墓所に到着。そしたら草が生い茂りすぎて、道が消えており、そのうえ、周辺に急激に墓碑が増加していますので、目印があっても気付きにくくなっています。草と花を掻き分け、先祖に拝みました。やはり花粉がパンツに付いてまして、帰宅後はクリーニング確定です(汗)

18:30、乗ったタクシーでそのまま谷地頭温泉へ。汗を落とします。このままだと気持ち悪いので。ちなみに市営ですので一切石鹸等はありません。

18:51、市電に乗車し、函館駅に向かいます。これを乗り過すとタクシーで移動する破目となります(汗)

19:05、函館駅に到着。少し買い物。駅のホームが遠いので、5分前には改札を潜り、列車の停まるホームへ向かいます。


19:18、スーパー白鳥で青森へ。スーパーなので青函トンネルのイメージのガラスに電光掲示板が面白いです。しかし道内の天気予報はいらないです(笑)だって、この列車に乗ったら、引き返すのは1本しかありませんので(笑)でも、運営しているのがJR北海道なおかげで車内販売があるのは便利です。ちなみにこの列車に乗ると、新幹線では盛岡までしか当日は行けません。なので車内は空いています。

21:18、少し遅れて青森駅に到着。21:50のバスですから、夜食をどうするか検討します。吉野家は嫌なので(爆)一軒開いているという情報をネットで調べて市場ラーメンという所で食事いたしました。


 焼き干しラーメン、ワンコインバージョンです。ワンコインですので500円です。普通バージョンは730円で焼きおにぎりが付きます。個人的にはワンコインで正解でした。私にとっては十分満足です。焼いている分、魚臭さが半減して助かります。

21:40、食事を終え、駅前ターミナルへ。すでにかなりの人数が乗車しています。

21:50、定時になり出発しました。そして10:05には消灯も済み、疲労も手伝い、眠りのかへ…。

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28日
6:00、起床。睡眠薬のおかげで昨日の後遺症は少ないです。

8:10、旅館を辞去。目の前のバス停でバスを待ちます。なにせ1日4便しかないバスですので逃すと大変です(汗)

8:14、ホンの少し遅れてミニツアーバスのような路線バスが到着。一瞬貸切バスと勘違いしました。


 ほどなく泉沢にあるサラキ岬の咸臨丸終焉の地碑の場所を通過します。普段は長距離トラックの休憩地として利用されているようです。

9:30、なんだかんだで少し遅れて到着。警察署前で下車しました。図書館にはココで降りると便利です。

 さっそく図書館へ。2Fに上がり、さっそく部屋を用意していただき、利用を開始します。

 ここで初めて知ったのですが、現在函館市立中央図書館は貴重文書のデジタルアーカイヴ化を進めておりまして、先に画像化しており、カラー画像で見れるのは本当に助かります。

 ただ、難点なのは、デジタルのプリントはモノクロコピーしかできないことですか。ちなみにプリント代は1枚10円、これはお得だと思います。マイクロは1枚30円。ただ、よく使用されるものはすでに紙焼き版がありますので便利です。

11:00、急に眼の調子がおかしくなり、1Fの喫茶で休憩を兼ねてビタミンAを投薬。昼になれば軽食もあるので便利です。

14:00、細かいお金がなくなったので両替を兼ねて休憩。図書館から五稜郭タワーまで10分以内に到達できますので、五稜郭タワーで食事することにしました。


 せっかくなので五稜郭の掘り沿いを歩きました。ところどころで釣人を見かけます。ちなみに五稜郭は釣り禁止。近づいて見ると、どうやら池の調査のための方のようです。でも普通に釣り竿ですから何の調査なのでしょう。

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