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「慶応四年新撰組近藤勇始末」、「慶応四年新撰組隊士伝」著者、あさくらゆうが書いているブログです。 *なお、画像の無断使用、本来の意図と関係ない部分をツギハギして論争に使用することを固くお断り申し上げます。
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15日(つづき)
13:20、川越駅に到着。バスは13:15発。お盆なので休日ダイヤでした。次に来るのは14:20(汗)

 仕方ないので少し川越駅周辺をフラフラ。昔川越に来たときによく利用した高橋書店は閉店していました。バリケードまで張られてずいぶん経つようです。面白い店だったのに残念です。

 少ししてからファーストフード店で食事&休憩。気がついたら14:16、急いでバス停に向かいます。乗り込んで1分も経たずに出発。危ない危ない(汗)

14:55、大和田バス停で下車。少し戻る形で交差点を超え、二つ目を右に折れると少しして氷川神社。左手に共同墓地があります。周辺は農地で、稲があともう少しの状態でした。少し飼料の匂いもします。


 ここが万光寺墓所です。ここに来たのは理由があります。

 藤岡屋日記と新島村史に記録があります。万光寺村の造酒蔵は青雲の志篤く、千葉周作の門下となり免許皆伝の腕前となりました。

 しかし、次第に彼は悪の道に入り、捕縛され、伊豆諸島の新島へ流刑されました。

 そこで造酒蔵は新島で知り合った流人仲間と組み、ついに脱獄に成功しました。

 しかし、悪人はいつか悪事に走るもので、ほどなく造酒蔵は捕縛されました。罪状は「磔」、仲間2人とともに4月に処刑されました。

 造酒蔵が一番槍だったそうですが、槍を受けた後、「いてぇか!」と隣の仲間に問いかけたといいます。

 この造酒蔵の墓所があるのかどうかと思ったのです。一応全部を見渡したのですが見つかりません。少し休んで帰ろうかと思ったところ、もう1回見ようと思ったら……


 ありました。年齢と名前を順逆しているのは罪人だからでしょう。たとえ罪人でも「死んだら仏」と解釈して回向したのでしょう。少し嬉しい気持ちになりました。

 この時点で15:40、バスが来るのは16:22。時間はあり余っています。仕方ないので途中のコンビニで休憩を兼ねて16:10までいて、バス停で待つこと15分、遅れてバスが到着しました。終点の鴻巣駅に参りました。

 驚いたのは鴻巣駅の変貌ですね。子供の頃の平屋建て時代から知っている私にとって駅ビルまであるのは驚きです。

16:52、電車が到着してグリーン車に乗車。高崎線は乗車率が高いので50%埋まっています。18:30帰宅。

 家に帰ればブログ等の作業でけっこう時間がかかり、夜は更けて参ります。

*なお、墓所の詳細はいくら古い出来事とはいえ処刑されたという事実を踏まえて控えさせていただきました。

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