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「慶応四年新撰組近藤勇始末」、「慶応四年新撰組隊士伝」著者、あさくらゆうが書いているブログです。 *なお、画像の無断使用、本来の意図と関係ない部分をツギハギして論争に使用することを固くお断り申し上げます。
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25日
7:00、起床。昨日のマッサージ効果がでています。

7:20、朝食。バイキング形式ではありませんが、このくらいがちょうど良いです。

9:10、チェックアウト。

9:15、赤べえ号で「奴郎が池」まで乗車。9:27ごろ到着。近くのセブンイレブンでコピー。

10:00、急坂を登って天寧寺へ。そのまた上に登り各墓所を巡ります。


10:45、近藤勇墓所へ参りました…が、急遽雨が!!準備していた主催者、ライオンズクラブの方々は設置した祭壇を再度仕舞い、本堂へ移動いたしました。

11:00、予定通り、近藤勇忌が催されました。商業色は一切なく、しめやかな葬儀は主催者の誠実さを感じます。焼香させていただき、11:30ころには終了。


 最後に記念撮影がありました。今後も顕彰していただけることを祈念申し上げます。

 その後、ある墓所を探し(これは別記事にします)、終了したのが12:15。バスの到着が12:27ですので急いでジャストにバス停到着。そしたら赤べえ号が遅れて到着です。こういうときに間に合って嬉しいですね。

 この赤べえ号なのですが、阿弥陀寺の真横にバス停があり、ついでなので下車。藤田五郎の墓参をいたしました。


 なぜか卒塔婆が平成17年でした。

 その後、食事をしようと思い、河内さんのお勧めの店に行こうとしたらロンドンタクシーがおり、観光半分でそれに乗車。

 この運転手さん、女性なのですが、気さくで、一番心に響いたのが、先週くらいから湘南ナンバーとか、観光目当ての車を多く見るとの話でした。車で来ればタクシーに用事はないでしょうが、それでもこういう言葉は心底地元を愛しているということでしょう。やはり私は会津士魂よりも会津商魂を愛します。

 行きましたところ、どうも忌中の貼り紙&永遠に休業みたいな…。次に運転手さんお勧めのところへ…アラッ?ここも先月をもって永遠に休業…。仕方がないのでその先の蕎麦店で食事しました。


 ここでは地鶏そばをいただきました。美味しくいただきました(店の名前は失念しましたが駅前通りだと思います)。食後、河内さんに紹介していただいたお店の現状を撮影しようと進みまして写真撮影後、なにか祟りでもあったのか、いきなり霰の嵐!! 顔面痛い!!!!

 で、ホテルで荷物を受け取り駅に行き、残り1分ギリギリで汽車に乗車。車輌は昨日と同じ列車でした。昨日は夜でしたが帰りは車窓から見える渓谷美を堪能しながら会津田島駅に到着。ここで土産物を購入。軽食も取ろうかと思いましたがそれは叶わず。なぜかイタリアン?

15:13、会津田島駅を昨日乗った区間快速へ乗車。しかしこの時間は新栃木まで。仕方がないので鬼怒川温泉駅で下車し、17:13発のスペーシアに乗換え。

 鬼怒川温泉駅は平日ということもあり、飲食店はすべてなし。コンビニ風の商店のみ。駅ナカのそば屋も先月をもって閉店。40分の暇つぶしに困るかと思ったら足湯がありまして、10分くらいまったりと…。なんと、昼にほぼ登山状態だった足の疲れがけっこう取れました。足湯、助かります。

17:13、スぺーシア発車。とうふアイスとチャーハンをビュッフェで購入。東武鉄道オンリーの車輌はお客のことを考えてくれる良い鉄道です。

19:02、北千住到着。19:30、帰宅。

 この後、メールの返信等があるのですが、さすがに疲れましたので20:30には就寝。


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 今年は板橋の慰霊祭を欠席した関係で代わりといっては失礼ですが、会津で毎年催されている近藤勇忌を見学して参りました。まずはその前日のことを。

24日
 前日が遅かったため、14:00、区間快速に乗車。

 この列車でなんと会津田島まで行くことができます。本当は特急に乗車したかったのですが、震災&節電の影響で間引き運転されています。


 会津田島に17:57に到着。20分ほど乗換えを待ちます。時間が時間ですので小さな売店のみ空いています。あとマニアックな話ですが、東武鉄道~野岩鉄道の沿線駅の自販機にカフェオレがひとつもありません。雪が残るのにホットドリンクがないところもあります。


18:17、会津鉄道に乗車します。桜のモニュメントが綺麗です。10以上駅がありましたが西若松まで2~3名しか下車してませんでした。

19:27、七日町駅で下車。大町方面に歩いて「とんかつ大将」でソースかつ重をいただきます。ちなみにここまで飲食店は開いていません。でもこのお店は3年前より利用して安心して美味しくいただけます。

20:30、同店を辞去後、バスもタクシーもないので会津若松駅まで歩きます。途中、リオン・ドールでドリンクと牛乳を購入。郡山の牛乳でした。放射能なんか知ったこっちゃない!ということでフジホテル到着。

21:00、「JIN」を鑑賞。しっかり作っているので観ていて安心できます。ちょっと和宮が軽かったかな?

22:00、マッサージを受ける。達人で助かりました。この施術が翌日とても助かりました。

 ここで最近の会津の話題もチラホラ…。風評被害を真っ向に受けた会津ですが、最近は人が増えたそうです。やはり鉄道網の開通は大きいのでしょう。七日町から若松へ向かう途中、何台もの高速バスが通過しました。会津は負けてません、頑張れ、会津商魂!

23:00、就寝。


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23日
2:40、起床。

3:00、「千葉の名灸」の句読点付与を開始。

4:00、終了…。長かった…。

5:00、人物リストの推敲完了。

7:00、冒頭文完成!!さぁ、最後はついに解説文です。50枚を予定していますが100枚近くなりそうです(汗)それだけ補足が必要になります。

13:00、家を出発。北千住より永田町へ参ります。間引き運転のせいで車内は混みあっています。

13:50、国会図書館に到着。各種資料の請求をしましたが、書籍はついに利用中のまま見ることが出来ず。個人的には余禄的に取った「伝記」が面白く、16:40までかかってしまいました。新聞では京都叛獄事件の記事を入手。これでなんとか落ち着きました。

16:50、同所を辞去。雨が断続的に降っています。

17:30、四谷の春廼舎へ。河内貞芳さんの講演です。自身が実際に行った墓参りの苦闘記です。こうしたフィールドワークは聞いてて共感できるものです。高知県の違法建築マンションや、三宅島のガスマスク墓参については、最初からガスマスクを持参していたことに、ガスマスクって普通に購入できるのね♪と思ってしまいました(笑)


 写真撮影したら逆光でした(汗)

 講師の河内さんです。

で、18:30ころより懇親会となり、様々な方とお話ししました。こちらも様々な方々とお話できて楽しいひとときを過すことができました。これも河内さんの人望の賜物でしょう。

 ひとつだけ怒りを覚えたのは糞尿男に阿りたい方の件です。「糞尿さまに逆らうな!糞尿さまは素晴らしいのだ、糞尿さまをうやまえ!」みたいな感じのことを言われました。史学にとって害毒意外の何者でもない御仁をうやまうことはありえませんのでしっかり固辞いたしました。こういう言葉を聴くだけで不快になります。「糞尿さま、あさくらを屈服させました♪」とでも言いたかったのでしょうか?
 そもそも考えればこうなるのも糞尿男の卑劣な手段とも言えるでしょう。これも糞尿列伝のなかで忘れられないひとつとなるでしょう。圧力には屈しません!!

閑話休題、

23:50、終電の危険を感じて同店を辞去。0:02の曙橋の終電にギリギリ間に合い、同じく0:18の千代田線の終電にギリギリ間に合い、0:50ころに帰宅。1:30までには就寝。



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 今週から特に風評被害のニュースが齎されています。

 なんでも放射能が伝染するとか勘違いした方が急造しており、あろうことか、茨城県つくば市にいたっては放射能検査を義務付けたとか…。

アホか!

 原発事故の際、仕事を抛り投げて逃亡した方々もそうですが、呆れてモノが言えません。

 まず放射能は高放射能を浴び続けた遺体以外に問題が起こることはありません。というか、遺体であっても被爆して死亡したわけではありませんので、そこまで高濃度に汚染されることもないでしょう。

 ましてや、いま危険ということで強制的に避難指示が出され、疎開している方々に放射能を浴びる危険性もなければ、それが伝染することは

100%ありえません!

 放射能は細菌ではないのですから一体どこからこんな噂が流れたのでしょう。少なくても私は知りません。いま拙宅の近隣にも福島県の避難者が3世帯入居しています。

 本当に国として、特につくば市のような行政の煽りには徹底した断固たる処置を願いたいものです。


閑話休題、

 そういえば、もうすぐ近藤勇の命日になります。今年は冷気の多い日々が続きますが、近藤が斬首されたときは旧暦ですので暖かいなかでの処刑だったと思います。

 最近、春なのでしょう。特に知ったか振りして「史実の近藤勇はこうだ!」と、ブログで煽動している御仁もいるようですが、その方は真面目に書いているか、それとも自分が偉いと思われたいがために書いているかの見分けを教えましょう。それは、

根拠史料を提示しているか?

 この1点につきます。

 そりゃぁ、近藤勇の処刑ですから、安全圏内の新政府軍の監督下で処刑されたにしても300名が近藤奪還を恐れて警固している訳です。

 ちなみに25日に処刑されたのは近藤勇のみです。当時史料、あるいはその場所に当時いた人物の回顧談がなければ信用するのは危険です。一番怖いのは伝聞記事(それもすでに活字化されたもの)をいかにも「史料」とかいい回す御仁です。伝聞したことを書いた時点でその史料の信憑性は格段に落ちます。ましてや平成以降、何の出典も書かない、書いてもその題名で追う事はできないようにしてある悪意の論文なんかが平気で存在します。ちなみにこれを書いた御仁は「横倉喜三次が近藤を斬った刀は近藤の刀だ!」と記述してあり、これに驚いたご子孫のひとりは出版社経由で著者本人に問い詰めたところ、

僕が調べたことをむやみに教える訳にはいかない

 この時点で信憑性、品位が疑われるというものでしょう。つまり何の根拠もなく、いかにも根拠を示さず、物知り風に装いブログ等で論評する御仁には話半分として、じゅうぶん注意を賜りたいということです。そういう御仁が、親しくもない子孫に声をかけただけで「僕は○○の子孫と懇意にしている」とか平気で言います。きょう行われるであろう寿徳寺の境外墓地でそう吹聴している方がいたら思い出していただけたら違う意味で楽しめると思います。

 地下の近藤勇もそういった人物を嘲笑していることでしょう。

 なお、明日は近藤勇の命日にあたるので限定記事となります。

*追記
 もし近藤勇の当時の状況をお調べになりたいたら「横倉喜三次日記」、および「官軍日記」、「多田隊の日記」をご覧いただくことをお勧めいたします。拙著「慶応四年新撰組近藤勇始末」に翻刻文が抽出されております。


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 20日、東京都日野市内で配布されました「日野ニュース」において新選組名簿発見の記事が掲載されました。もちろん発見場所が鳥取県立博物館ですので、私が提供した記事です。時期は慶応2年10~慶応3年1月の間のもので、山崎丞の日記(日野市立ふるさと博物館発行)と比較すると約30名も脱落しています。こうした意味でも貴重でしょう。機会があれば日野ニュース社へお問い合わせください。

22日
0:30起床。「千葉の名灸」の句読点付与&ブログ記事のタグ貼りを。

12:00、病院で薬をいただきます。

13:00、急激な悪寒!急遽投薬の後、ベッドへ。

15:40、根性で復活!そのまま家を出発。

16:10、東京都公文書館に到着。「千葉の名灸」の補足資料を入手します。聞くところによると、派遣が1年で切り替わったとか。いちいち教える方も大変でしょうに。

17:10、予定していたものがおおよそ入手できて辞去。

17:40、荒川区立南千住図書館へ。

18:30、帰宅。

19:30、就寝。


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