忍者ブログQLOOKアクセス解析
「慶応四年新撰組近藤勇始末」、「慶応四年新撰組隊士伝」著者、あさくらゆうが書いているブログです。 *なお、画像の無断使用、本来の意図と関係ない部分をツギハギして論争に使用することを固くお断り申し上げます。
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。


19日
 なかなか寝られない夜が続きます。何度か床について、首から下は楽になったりするのですが、頭が冴えてダメです。

8:30、銀行のATMが空いているので銀行に寄ったあと、コンビニで各種支払い。ついでに来月の飛行機のチケットも購入。先日購入する際、最後の前割3でした。で、携帯で手続きしたのですが、予約番号を忘れてしまい、適当に打ったらなんとビンゴ!!ありえない確率で予約番号を発見できました。

 ちなみに9月22日に飛行機で札幌へ行き、その日の夜に函館に泊まり、23日は関係各所へ挨拶と墓参をする予定です。そして夕方に木古内に入り1泊。24日は咸臨丸終焉140年まちづくり事業に参加。その後に行われるサミット会議にはパネラーに選ばれておりますので、なにか2,3言話すことになると思います。そしてまだ予約は取れておりませんが、その日の夜に北斗星で帰京の予定です。

 ということで、コンビニの支払いを終えて帰宅して約10分後、大雨来襲!危ない危ない…(汗)

 その後、細かい作業に追われるも、バタバタ。12:00に整形に赴くと夏休みの覚え違いをしていたようで今日はお休み。帰りがけに食材を買って帰ります。

15:30、家を出ます。15:51発の唐木田行きに乗車して乗換えなしで17:00、雨で遅れましたが多摩センター到着。きょうは三十一人会の役員会がありました。書けることだけ述べれば10月のセミナーと12月の歴史散歩が決まりました。これは一般参加も可能ですので詳細が解れば拙ブログでも紹介いたします。「幕末史研究」なのですが、これは年末ないし来年初頭には発行できると思います。

 この後、懇親会となり、20:30まで和気藹々と話が弾みました。本当は聞きたかったことがあったのですが、忘れてしまいました。なにせ眠気が勝ちかけていた状態ですから…。

20:55に多摩センターを発車。きょうは豪雨のため、千代田線の直通便は運行中止となったそうです。そこから快速急行に乗り換えるも徐行運転で遅れ、代々木上原からはようやく普通の走行となり。22:20に北千住着。雨はいったん止むも、走行中にまた降ってきたのでカッパを。

22:50に帰宅。疲労困憊で睡魔が変な方向になりかけていたので睡眠薬を服用。

 その後、確認したいデータがあったのでCD-Rを確認したところ

出ない…

 どうやらなにかの影響でデータに反映されないようです。一部は出てきて普通に見れるのですが、どうしたのだろう?

 そんな不安のなかも、睡眠薬が効いてきて、0:30には就寝。

人気ブログランキングへ
よろしければクリックご御力お願いします

にほんブログ村 歴史ブログ 幕末・明治維新へ





拍手[1回]

PR

18日
 2度推敲ののち、足立史談の原稿を完成す。

0:55よりTV。サンドのぼんやり~ぬTV、けっこう好きです。1:55はロケみつ。普段は録画で観るのですが、偶然起きてましたので本放送で観ました。

2:50、TVを観ながら原稿と画像を博物館にメール送信。ひとつが終わって安心です。

その後、来週の旅行の行程を考える。けっこうハードなのでどこをどうするかを検討中。巡るべきかどうか等、検討の余地はありそうです。

9:00、小田原市に電話。所蔵先不明のPDFについて問い合わせ。図書館の史料と判明し、連絡。一両日中に閲覧日を決めようと思います。

9:30、病院へ。外は炎天下。殺人光線はたった2分ほどしか露出していない肌を焼き付けようとしています。

10:00、帰宅。宅配便に荷物を渡して就寝。

19:30、起床。どうやらきょうが一番の暑さだったらしい。外出してたら具合が悪くなっていたので無理しないで正解でした。

20:30、少し外出。やはり炎天下の影響か、夜でも暑いですね。

21:00、TV鑑賞。

22:00、小田原市に提出する閲覧申請書を作成。23:00にFAXにて送る。史料はあればあるだけよいし、貯まれば家で作業ができます。いま構想をいくつか練っています。

23:00、デコーダーの中身を軽減。50近くあったものを17まで減少。少ししたらDVD-RWに移すことも検討。

 明日は各種忙しくなりそうです。
人気ブログランキングへ
よろしければクリックご御力お願いします

にほんブログ村 歴史ブログ 幕末・明治維新へ





拍手[1回]


16日
7:00、起床。きょうも暑そうです。

11:00、急激な睡魔に襲われ就寝。

15:30、FAXで起きる。出版社からで、どうもパソコンの互換性の関係から、キャプションが文字化けする模様。さっそくキャプションを作って送付。

19:00、少し外出。うな万へ。お土産を持ってうなぎを堪能。いつもお世話になっております。ここで四方山話に華が咲いて、20:30ころ辞去。

20:50、帰宅。

 この後、ネットサーフィンして史料所在の調査をしてたところ良質の史料を有するところを発見。ただPDFからどこに繋がっているかが不明。後で大元に確認が必要。どちらにしても翌日です。
 
 その後、川西祐之助の墓所が明示されているのを発見しました。残念ながらネットでは画像なし。北浦和だからそう遠くないので行くことを決意。明日行こう。

17日
1:00、就寝。

5:00、起床。

 どうもダルいですが熱のせいでしょう。風呂で汗を落とします。やけに炎症を起こしているところがありますので冷やしながらいます。ほどなく抗生物質が効いたのか、楽に。

 昨日行こうと思っていた埼玉関係を整理して9:00過ぎたら行こうとおもったのですが…。

 アレッ?なんか身体がダルい?なんだろう。少し寝てみようか?

 ということで寝込んだら悪寒が走り鼻水も…。風邪ですね。

15:00、トイレに行くのも苦痛なほどに体調も悪く…。

17:30、ようやく少し復活。

18:00、高カロリーということでピザを注文。少し元気が出て風邪薬を。汗が出てきました(汗)

20:00、病み上がりですが少し外出。

21:30、寝てはいるので足立史談の原稿に着手。

 こうして夜は更けて参ります。

人気ブログランキングへ
よろしければクリックご御力お願いします

にほんブログ村 歴史ブログ 幕末・明治維新へ





拍手[1回]


15日(つづき)
13:20、川越駅に到着。バスは13:15発。お盆なので休日ダイヤでした。次に来るのは14:20(汗)

 仕方ないので少し川越駅周辺をフラフラ。昔川越に来たときによく利用した高橋書店は閉店していました。バリケードまで張られてずいぶん経つようです。面白い店だったのに残念です。

 少ししてからファーストフード店で食事&休憩。気がついたら14:16、急いでバス停に向かいます。乗り込んで1分も経たずに出発。危ない危ない(汗)

14:55、大和田バス停で下車。少し戻る形で交差点を超え、二つ目を右に折れると少しして氷川神社。左手に共同墓地があります。周辺は農地で、稲があともう少しの状態でした。少し飼料の匂いもします。


 ここが万光寺墓所です。ここに来たのは理由があります。

 藤岡屋日記と新島村史に記録があります。万光寺村の造酒蔵は青雲の志篤く、千葉周作の門下となり免許皆伝の腕前となりました。

 しかし、次第に彼は悪の道に入り、捕縛され、伊豆諸島の新島へ流刑されました。

 そこで造酒蔵は新島で知り合った流人仲間と組み、ついに脱獄に成功しました。

 しかし、悪人はいつか悪事に走るもので、ほどなく造酒蔵は捕縛されました。罪状は「磔」、仲間2人とともに4月に処刑されました。

 造酒蔵が一番槍だったそうですが、槍を受けた後、「いてぇか!」と隣の仲間に問いかけたといいます。

 この造酒蔵の墓所があるのかどうかと思ったのです。一応全部を見渡したのですが見つかりません。少し休んで帰ろうかと思ったところ、もう1回見ようと思ったら……


 ありました。年齢と名前を順逆しているのは罪人だからでしょう。たとえ罪人でも「死んだら仏」と解釈して回向したのでしょう。少し嬉しい気持ちになりました。

 この時点で15:40、バスが来るのは16:22。時間はあり余っています。仕方ないので途中のコンビニで休憩を兼ねて16:10までいて、バス停で待つこと15分、遅れてバスが到着しました。終点の鴻巣駅に参りました。

 驚いたのは鴻巣駅の変貌ですね。子供の頃の平屋建て時代から知っている私にとって駅ビルまであるのは驚きです。

16:52、電車が到着してグリーン車に乗車。高崎線は乗車率が高いので50%埋まっています。18:30帰宅。

 家に帰ればブログ等の作業でけっこう時間がかかり、夜は更けて参ります。

*なお、墓所の詳細はいくら古い出来事とはいえ処刑されたという事実を踏まえて控えさせていただきました。

人気ブログランキングへ
よろしければクリックご御力お願いします

にほんブログ村 歴史ブログ 幕末・明治維新へ





拍手[3回]


15日
 きょうはかねてより連絡を入れておりました嵐山町へ行きました。

9:30、家を出て山手線で池袋駅へ。9:45、小川町行きの急行に乗車します。東武東上線は久しぶりでしたが、すこし田畑が減りましたね。進行方向右側が特に栄えています。

10:48、武蔵嵐山駅に到着。田舎の駅ですね。駅の中に少し軽食できる場所があるだけで辺りは人気の少ないこと。


 それでもタクシーは3台もおりまして、さっそく乗車して嵐山町役場へ参りました。実際タクシーで正解でした。丘の上にあります。基本的には車以外では来るな!と言えるほどアピールした場所にあります。

 で、受付を通します。なんと節電のためにエレベーターが休止!洒落になりません。少し疲労があり、肺病持ちの私に3Fまで階段とは……。ともかくヒィヒィしながら昇りました。

 ここでようやく博物誌編纂室に到着しました。担当のYさんはスムースな応対で、なんと古文書は皆データスキャンされておりました。一応すべての画面を通し、欲しいものを指示してプリントアウトしていただきました。
 
 実はここに史料があることを知ったのは、このブログからで、この吉田地区にある藤野家文書でした。先日取得した熊木庄之助の実家が西田栄蔵とあり、千葉家と懇意になるなら江戸にいなくてはならない。そしてこのころはあまり同姓同名なんてありませんから、たぶんこの方なのだろうと目星をつけたのです。推測の着地点を求めるには帰ってからでないと無理ですので、今回は一応こんな感じで。

 あと面白かったのが、吉田村の方が上洛したときの記録なのですが、ここに川村隼人の名が。永倉新八の過去帳に出てくる名前です。一説に近藤隼雄と同一人物とされておりましたが、この史料で別人だと解ります。ひょうたんからコマとはよく言うものです。

 で、ほかの吉田村の文書の目録も見せていただきました。やはり吉田村は旗本四家の相給地なので、それぞれの領主で、山本家とは異なります。吉田村はそういうこともあって、旗本別を簡便にするため、上吉田、中吉田、下吉田×2という具合に通称しておりました。

 こんな感じで12:00を回りましたので同所を辞去。御礼を述べて1Fに降ります。なにせバスが凄いのです。来るのは


午前中に2本のみ(汗)

 つまり12:22が終バスとなります。始発は11:27ですから、車を持たない方はこの間に手続きしなければなりません。けっこう過酷です。

12:27、少し遅れてバス到着。スムースに走って武蔵嵐山駅に到着。お盆のせいでしょう。バス停に平気で車を停車しているBMWのおっさんがいます。バスがクラクションとマイクでバス停であることを告げても避けようとしません。乗客が罵声してようやく嫌々移動しました…というより左側にバス停の標柱があるだろうことは誰もが気付くし、反対側は空いているのに…。お盆はこういう変な方が出没します。


 で、時刻を見ると12:35、次の電車は12:50なので、駅にある町営の喫茶に入り、限定品のアイスを頼みます。ゆずアイスですがまぁまぁです。なにかの果肉(ゆずではないと思う)が入っていました。ここで涼んで川越へ移動します。

(続く)
人気ブログランキングへ
よろしければクリックご御力お願いします

にほんブログ村 歴史ブログ 幕末・明治維新へ





拍手[1回]