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1日
7:00、起床。胸焼けが酷い。理由は不明。
7:30、途中で読むのをやめた論文を読む。けっこうな量でしたが、なんとか読破。2つの論文のうち、ひとつは役職の比較があって理解しやすく助かります。
一応、論文はWEBで読めますので、私はコレとコレを読了しました(かなり重たいのでご注意を)
あと、昨日図書館で借りた書籍のうち、「明治維新の地域と民衆」、「ある明治人の記録」も読了しました。会津の役職の呼称が理解できました。後者は多少割り引かないと危険です。考えてみれば回顧録でもかなり後半なものですから。学術関係文献は丁寧ながら、専門的すぎて、一般に理解が困難な場合がり、いかに噛み砕くかが課題になりそうです。
10:00、ネットでエイプリルフール特集を閲覧。まだ出きっていないのと、激重い。しばらく放置。それとクネクネしたブログを発見。1年中エイプリルフールな内容。これは昨日付公開のブログで言及しました。
12:00、体調不良のため就寝。
15:00、再度起床。しばらく動けず。
16:30、近所の図書館へ。貨幣関係の書籍を借ります。
17:30、足立区立中央図書館へ。会津関連と貨幣関連の図書を借ります。不思議なのが「会津という神話」って人気なのか、荒川区も足立区も所蔵されています。けっこう高価なのですが…。とりあえず借りてみます。それと「英国公使館員の維新戦争見聞記」、ほか貨幣関係の書籍をチラホラ。
22:00、「会津という神話」読了。前半に有効打を多く出しながら、読者に強烈なボディーブローを期待させつつ、結局打つフリだけして判定勝ち、みたいな結末でした。もう少し外部からの反響を入れても良かったかと思うのですが、故人に対する猛烈な批判を避けたかったのかもしれません。裏を返せば慰霊顕彰の歴史の側面史でもあり、会津の政治史でもあります。意外に「死者」を述べている割には「遺体埋葬問題」の内容が薄く、これはネットで公開された大山格氏の論文が波及し、ごく近年、内容に深みが出たような気がします。
23:00、エイプリルフールですので特集を面白く拝見。ただ、過去みたいに有名プロダクション(円谷プロ等)がなかったので寂しく感じました。それとやけに萌え?系なモノが多かったような気がします。このうち、「シャベル」は是非使っていただきたい方が1名すぐ浮かびました(笑)

ついでにコレも推奨しておきましょう(笑)
それにしても、老衰なのか、アチコチにガタがきて往生しています。きょうの夜も長くなりそうです。

よろしければクリックご御力お願いします

7:00、起床。胸焼けが酷い。理由は不明。
7:30、途中で読むのをやめた論文を読む。けっこうな量でしたが、なんとか読破。2つの論文のうち、ひとつは役職の比較があって理解しやすく助かります。
一応、論文はWEBで読めますので、私はコレとコレを読了しました(かなり重たいのでご注意を)
あと、昨日図書館で借りた書籍のうち、「明治維新の地域と民衆」、「ある明治人の記録」も読了しました。会津の役職の呼称が理解できました。後者は多少割り引かないと危険です。考えてみれば回顧録でもかなり後半なものですから。学術関係文献は丁寧ながら、専門的すぎて、一般に理解が困難な場合がり、いかに噛み砕くかが課題になりそうです。
10:00、ネットでエイプリルフール特集を閲覧。まだ出きっていないのと、激重い。しばらく放置。それとクネクネしたブログを発見。1年中エイプリルフールな内容。これは昨日付公開のブログで言及しました。
12:00、体調不良のため就寝。
15:00、再度起床。しばらく動けず。
16:30、近所の図書館へ。貨幣関係の書籍を借ります。
17:30、足立区立中央図書館へ。会津関連と貨幣関連の図書を借ります。不思議なのが「会津という神話」って人気なのか、荒川区も足立区も所蔵されています。けっこう高価なのですが…。とりあえず借りてみます。それと「英国公使館員の維新戦争見聞記」、ほか貨幣関係の書籍をチラホラ。
22:00、「会津という神話」読了。前半に有効打を多く出しながら、読者に強烈なボディーブローを期待させつつ、結局打つフリだけして判定勝ち、みたいな結末でした。もう少し外部からの反響を入れても良かったかと思うのですが、故人に対する猛烈な批判を避けたかったのかもしれません。裏を返せば慰霊顕彰の歴史の側面史でもあり、会津の政治史でもあります。意外に「死者」を述べている割には「遺体埋葬問題」の内容が薄く、これはネットで公開された大山格氏の論文が波及し、ごく近年、内容に深みが出たような気がします。
23:00、エイプリルフールですので特集を面白く拝見。ただ、過去みたいに有名プロダクション(円谷プロ等)がなかったので寂しく感じました。それとやけに萌え?系なモノが多かったような気がします。このうち、「シャベル」は是非使っていただきたい方が1名すぐ浮かびました(笑)
ついでにコレも推奨しておきましょう(笑)
それにしても、老衰なのか、アチコチにガタがきて往生しています。きょうの夜も長くなりそうです。
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最近、贋金事件について研究しています。そのなかに「ちゃら金」という言葉が出てきます。この言葉は関東で使われた言葉と思うのですが、佐藤俊宣の「今昔備忘記」にも登場します。市村鉄之助が持参した金の半分以上がこの「ちゃら金」だというのです。弐分金と記述されていることから、作り話としては精巧過ぎます。私はこの項目を真実と考えています。若松県の贋金問題を知った際、いの一番で浮かんだのがこの「ちゃら金」です。
それでは何故「チャラ金」か?40代後半以上の方々ならご存知ですが、昔は50円と100円の金属が違ってました。特に100円硬貨は昭和41年まで銀貨でした。これをいまの100円硬貨と比較して、落としてみると、その形状を見なくとも音でドチラかが判別つくのです。
つまり、旧100円なら
チャリーンッ♪
と鳴り、いまの100円なら
ゴトッ!
とします。材質が違うから音も違うのです。それと金属の比率で重さも変わりますから、昔の人は秤やら音で贋金を見分けていたのでしょう。
なので貨幣学でこの時期の論文は面白い代わりに、地域の特性を理解していないと落とし穴に嵌ります。考えてみれば廃藩置県は明治4年なのですから、それまでは各地独自の通貨もありますので要注意です。
閑話休題、

「ドラえもん」より
それと一部、虚偽を記述したブログを発見。誤認であれば無視ですが、意図的に虚偽を行っており、またそれが私のせいと思い込んでいる。笑えますが、その話題をひとつ。
採りあげていたのは「山崎丞日記」です。2004年に公表され、新聞発表され、同年12月より日野市ふるさと博物館(場所は現新選組のふるさと歴史館ですが、機構は現日野市郷土資料館)で展示されました。
実は新聞発表した際、コメントしたのが私であり、もちろん内容も博物館サイドより教示いただいております。
で、「なにかクネクネしたのが纏わりついてウザい」と聞いたのが3月頃、電話でクネクネしてくるという話でした。それが続・新選組史料集に反映されたようです。
確か、私が異常を唱えたのは1点のみだったと記憶しています。それは同志の記述の上に「○(まる)に/(線)」が記入された記号です。これを「続・新選組資料集」では
α?
としていたことです。当然そんな記号は原本に存在しません。いくらなんでも異常だと述べた記憶がありますが、その御仁は批判すべてを「私のせい」と思い込んでいるようです。
確か拙ブログで過去に指摘した記憶がありますが、これが私の「虚偽」なら虚偽=正確という意味になりますね。この御仁はこういうところに「抜け」があります。書籍として残っているのだから、本の該当部分を見ればドチラが正しいか一目瞭然だというのがわからないらしい。
まぁ、この御仁がさらにクネクネし出して私の個人情報を流出していただければ即刑事事件に出来るので期待しているところです。いままでの証拠はすべて蓄積されています(笑)というか、ネットで証拠がいくつも拾えるのが笑えることです。
正当な批判なら好敵手として楽しめますが、意図的に虚偽を行い煽動する行為はネットの閲覧者に迷惑をかけます。こんなことをしないでYahoo知恵袋に自分の「あられもない夜の生活」の続編でも書いていれば良いのです。
まぁ、調査することにより、変なパラノイアが発生するのは良くあることですが、特に新選組関連がウザいので、最近は新選組研究は行っていません。まぁ、このクネクネした感覚の御仁にまず一番の申上げたいのは、日本語を理解するということでしょうね。タイピングミス以外で文章がおかしければ、その人の精神状態もおかしいと捉えられますからね。一般に翻訳が必要です。

なので、この商品がお勧めです。よくお似合いかと思います(笑)

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それでは何故「チャラ金」か?40代後半以上の方々ならご存知ですが、昔は50円と100円の金属が違ってました。特に100円硬貨は昭和41年まで銀貨でした。これをいまの100円硬貨と比較して、落としてみると、その形状を見なくとも音でドチラかが判別つくのです。
つまり、旧100円なら
チャリーンッ♪
と鳴り、いまの100円なら
ゴトッ!
とします。材質が違うから音も違うのです。それと金属の比率で重さも変わりますから、昔の人は秤やら音で贋金を見分けていたのでしょう。
なので貨幣学でこの時期の論文は面白い代わりに、地域の特性を理解していないと落とし穴に嵌ります。考えてみれば廃藩置県は明治4年なのですから、それまでは各地独自の通貨もありますので要注意です。
閑話休題、
「ドラえもん」より
それと一部、虚偽を記述したブログを発見。誤認であれば無視ですが、意図的に虚偽を行っており、またそれが私のせいと思い込んでいる。笑えますが、その話題をひとつ。
採りあげていたのは「山崎丞日記」です。2004年に公表され、新聞発表され、同年12月より日野市ふるさと博物館(場所は現新選組のふるさと歴史館ですが、機構は現日野市郷土資料館)で展示されました。
実は新聞発表した際、コメントしたのが私であり、もちろん内容も博物館サイドより教示いただいております。
で、「なにかクネクネしたのが纏わりついてウザい」と聞いたのが3月頃、電話でクネクネしてくるという話でした。それが続・新選組史料集に反映されたようです。
確か、私が異常を唱えたのは1点のみだったと記憶しています。それは同志の記述の上に「○(まる)に/(線)」が記入された記号です。これを「続・新選組資料集」では
α?
としていたことです。当然そんな記号は原本に存在しません。いくらなんでも異常だと述べた記憶がありますが、その御仁は批判すべてを「私のせい」と思い込んでいるようです。
確か拙ブログで過去に指摘した記憶がありますが、これが私の「虚偽」なら虚偽=正確という意味になりますね。この御仁はこういうところに「抜け」があります。書籍として残っているのだから、本の該当部分を見ればドチラが正しいか一目瞭然だというのがわからないらしい。
まぁ、この御仁がさらにクネクネし出して私の個人情報を流出していただければ即刑事事件に出来るので期待しているところです。いままでの証拠はすべて蓄積されています(笑)というか、ネットで証拠がいくつも拾えるのが笑えることです。
正当な批判なら好敵手として楽しめますが、意図的に虚偽を行い煽動する行為はネットの閲覧者に迷惑をかけます。こんなことをしないでYahoo知恵袋に自分の「あられもない夜の生活」の続編でも書いていれば良いのです。
まぁ、調査することにより、変なパラノイアが発生するのは良くあることですが、特に新選組関連がウザいので、最近は新選組研究は行っていません。まぁ、このクネクネした感覚の御仁にまず一番の申上げたいのは、日本語を理解するということでしょうね。タイピングミス以外で文章がおかしければ、その人の精神状態もおかしいと捉えられますからね。一般に翻訳が必要です。
なので、この商品がお勧めです。よくお似合いかと思います(笑)
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30日
夜中に一度目を覚ましてメールしてから就寝。
6:30、起床。意外に頭が冴えているので手紙やら細かい作業に没頭します。
7:30、出石編を追記。ようやく15枚達成♪
9:00、一応原稿が出来上がりました。追記することがあれば足せる状態にはしてあります。
15:00、相棒を観ながら画像ファイルをCD-Rに移す作業を。相棒はシーズン1なので水谷豊の若いこと(笑)画像も約150ほどが処理完了。パソコン内にGBレベルを蓄積しないようにしています。
17:00、少し外出。ついでにガソリンスタンドに行って給油しますが、レギュラー162円、ハイオク172円でした。マネーゲームに煽られている気がしますが、過去にハイオク205円までいったときよりはマシか。でも、少々怖いですね。底が見えていません。
18:00、整形に注射を打っていただく。どうも首の痛みが取れません。やはり先月の落下と潰瘍性大腸炎が影響していると思われます。きょうも症状が出ていましたので毒素が回るのでしょう。
19:30、就寝。
31日
3:30、起床。
原稿が気になり、出石編をもう一度再考。
9:00、出石編終了。新しい事実が加われば加筆していきたいと思います。
10:30、そろそろ会津戦後編を考えていこうと思案する。このあたりは先行研究があるのでイチイチ村文書の統計が必要ないのが助かります。一番重要なのは民政局の動向ですね。ネット時代のおかげで点と線が繋がります。
16:00、雨のなか、外出。足立区の図書館が休館なので荒川区立南千住図書館へ。贋金に入るなら貨幣学も必要と資料を漁りますが有効打は少なし。ただ、ひとつだけ言えるのは贋金問題で若松県は特記だってはいないことです。福岡藩のように藩ぐるみで行ったケースや、旧幕府より雇用した人物の不正事件等が面白く見れます。
17:30、帰宅。出かける前にダウンロードしていた記事を印刷。ヤーヤー一揆の先行研究です。専門的過ぎるので、これをやわらかくすることが重要と考えます。
19:30、疲労から就寝。
21:00、起床。ドラマ「刑事魂」を鑑賞。主人公が良いので好感が持てます。梅沢さんが少しもったいないかな?
1:00、睡魔が来て論文を読んでいる途中で就寝。

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6:30、起床。意外に頭が冴えているので手紙やら細かい作業に没頭します。
7:30、出石編を追記。ようやく15枚達成♪
9:00、一応原稿が出来上がりました。追記することがあれば足せる状態にはしてあります。
15:00、相棒を観ながら画像ファイルをCD-Rに移す作業を。相棒はシーズン1なので水谷豊の若いこと(笑)画像も約150ほどが処理完了。パソコン内にGBレベルを蓄積しないようにしています。
17:00、少し外出。ついでにガソリンスタンドに行って給油しますが、レギュラー162円、ハイオク172円でした。マネーゲームに煽られている気がしますが、過去にハイオク205円までいったときよりはマシか。でも、少々怖いですね。底が見えていません。
18:00、整形に注射を打っていただく。どうも首の痛みが取れません。やはり先月の落下と潰瘍性大腸炎が影響していると思われます。きょうも症状が出ていましたので毒素が回るのでしょう。
19:30、就寝。
31日
3:30、起床。
原稿が気になり、出石編をもう一度再考。
9:00、出石編終了。新しい事実が加われば加筆していきたいと思います。
10:30、そろそろ会津戦後編を考えていこうと思案する。このあたりは先行研究があるのでイチイチ村文書の統計が必要ないのが助かります。一番重要なのは民政局の動向ですね。ネット時代のおかげで点と線が繋がります。
16:00、雨のなか、外出。足立区の図書館が休館なので荒川区立南千住図書館へ。贋金に入るなら貨幣学も必要と資料を漁りますが有効打は少なし。ただ、ひとつだけ言えるのは贋金問題で若松県は特記だってはいないことです。福岡藩のように藩ぐるみで行ったケースや、旧幕府より雇用した人物の不正事件等が面白く見れます。
17:30、帰宅。出かける前にダウンロードしていた記事を印刷。ヤーヤー一揆の先行研究です。専門的過ぎるので、これをやわらかくすることが重要と考えます。
19:30、疲労から就寝。
21:00、起床。ドラマ「刑事魂」を鑑賞。主人公が良いので好感が持てます。梅沢さんが少しもったいないかな?
1:00、睡魔が来て論文を読んでいる途中で就寝。
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29日
このまま継続して起きています。主に出石関係の資料の収集を行いました。
それと、川崎家の縁戚の記述の発見。役職からして縁故と解ります。川崎家のネットワークが想像できます。
まぁ、いくつか構想を練るも、執筆意欲に到達しないので資料収集を中心に。

11:50、家を出発。病院へ。一本、最近植樹された桜が満開でした。ようやく春の息吹を見た気がしました。
13:00、国立公文書館へ。前回の補遺。補遺なのでたくさんの撮影はありませんが、五兵衛新田へ近藤勇一行を導いた泉谷次郎左衛門の記録がありました。やはり史料は漁ってみるものです。桑名藩の史料でゃ土方のことを賞賛した記述が。回顧録ですけど明治ヒトケタ代に書かれたものですから新鮮さはあると思います。トシさんファンは喜ぶでしょうね。
14:50、同所を辞去。国会図書館へ向かいます。まだこの場所は桜はまだ遠そうで、代わりに梅が満開でした。
15:00、国立国会図書館へ。養父市関係のものを中心に、住宅地図と新聞コーナーへ参ります。終ってから憲政資料室で桂太郎文書を閲覧。ここに小森沢長政の履歴書があるのです。そして見つかりました。
憲政資料室ですが、変わりダネというば、なぜか南北奉行所の同心の人別帳(といっても名前だけですが)がありました。木戸と言い、守備範囲が広いですね。この二名の文書を当たりたい気持ちはありましたが、東大出版会が発行した刊行物と重複するのは時間的にもったいないので今回は目録のみでパス。まだやることは山積みです。
図書では養父町史で意外にもビンゴの写真があり、簡単に終了(笑)こんな早く解るのは嬉しいですが、どのように繋がるかが興味です。出石藩と旗本領の庄屋です。また、おもはん社の刊行物で会津藩藤沢家文書の掲載があり、気になっていたものがここにありました。遺体埋葬の記述もあるから、これを差しているのかもしれません。あるいは別個あるのかもしれませんが、こればかりは聞かないと解りません。
新聞の方は米沢がちょうど空白に時期にぶつかり、山形の新聞では玉砕。但馬の新聞も欠落が多く、死亡翌日の新聞はあっても、その後は飛ぶので断念。京都日出新聞はさすがに年末死去した山本覚馬の記事はずいぶん遅れて掲載されてました。これは後日チャレンジして取得しようと思います。あと、いくつか新聞を当たりますが、これは新機能が幾段か機能が刷新された効果が出ています。
19:00、ジャストで閲覧終了。同所を辞去します。コートを冬用で着ていたので寒気は防げています。
20:00、スーパーに寄ってから帰宅。帰宅したら疲労がハンパじゃない!身体が悲鳴を挙げています。そりゃ国会図書館なんかではけっこう歩きますから、さりげなくかなりの運動量にはなっています。それが緊張の糸が切れるが如く、ドッときました(汗)
21:00、気絶するように就寝。

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それと、川崎家の縁戚の記述の発見。役職からして縁故と解ります。川崎家のネットワークが想像できます。
まぁ、いくつか構想を練るも、執筆意欲に到達しないので資料収集を中心に。
11:50、家を出発。病院へ。一本、最近植樹された桜が満開でした。ようやく春の息吹を見た気がしました。
13:00、国立公文書館へ。前回の補遺。補遺なのでたくさんの撮影はありませんが、五兵衛新田へ近藤勇一行を導いた泉谷次郎左衛門の記録がありました。やはり史料は漁ってみるものです。桑名藩の史料でゃ土方のことを賞賛した記述が。回顧録ですけど明治ヒトケタ代に書かれたものですから新鮮さはあると思います。トシさんファンは喜ぶでしょうね。
14:50、同所を辞去。国会図書館へ向かいます。まだこの場所は桜はまだ遠そうで、代わりに梅が満開でした。
15:00、国立国会図書館へ。養父市関係のものを中心に、住宅地図と新聞コーナーへ参ります。終ってから憲政資料室で桂太郎文書を閲覧。ここに小森沢長政の履歴書があるのです。そして見つかりました。
憲政資料室ですが、変わりダネというば、なぜか南北奉行所の同心の人別帳(といっても名前だけですが)がありました。木戸と言い、守備範囲が広いですね。この二名の文書を当たりたい気持ちはありましたが、東大出版会が発行した刊行物と重複するのは時間的にもったいないので今回は目録のみでパス。まだやることは山積みです。
図書では養父町史で意外にもビンゴの写真があり、簡単に終了(笑)こんな早く解るのは嬉しいですが、どのように繋がるかが興味です。出石藩と旗本領の庄屋です。また、おもはん社の刊行物で会津藩藤沢家文書の掲載があり、気になっていたものがここにありました。遺体埋葬の記述もあるから、これを差しているのかもしれません。あるいは別個あるのかもしれませんが、こればかりは聞かないと解りません。
新聞の方は米沢がちょうど空白に時期にぶつかり、山形の新聞では玉砕。但馬の新聞も欠落が多く、死亡翌日の新聞はあっても、その後は飛ぶので断念。京都日出新聞はさすがに年末死去した山本覚馬の記事はずいぶん遅れて掲載されてました。これは後日チャレンジして取得しようと思います。あと、いくつか新聞を当たりますが、これは新機能が幾段か機能が刷新された効果が出ています。
19:00、ジャストで閲覧終了。同所を辞去します。コートを冬用で着ていたので寒気は防げています。
20:00、スーパーに寄ってから帰宅。帰宅したら疲労がハンパじゃない!身体が悲鳴を挙げています。そりゃ国会図書館なんかではけっこう歩きますから、さりげなくかなりの運動量にはなっています。それが緊張の糸が切れるが如く、ドッときました(汗)
21:00、気絶するように就寝。
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27日
8:00、起床。腹痛は落ち着いています。
10:00、川崎さんより連絡。戸籍情報を教えていただきます。才兵衛の妻の実家を分限帳で確認。出石における面白いネットワークが見えてきました。
11:00、豊岡市に分限帳関連で問い合わせ。とても助かっております。御礼申上げます。
14:00、国立公文書館へ。贋金問題の対比となる箇所を確認。やはりありました。維新政府の恐れたのに、「燎原の火」があります。これが贋札犯の処刑に繋がります。ちなみに処刑者は若松県だけでなく多岐に及んでいます。また、新政府の人間でチョロまかしがいても厳罰を下しています。やはり反感を持たれることを怖れたのでしょう。
ほかにも出石関連では仙石騒動の明治以前に書かれたと思われる記録もありました。
16:50、ホンの僅か早く退散し、地元の病院へ。潰瘍性大腸炎の薬をいただきます。本当に長い戦いですが負けたくありません。
帰りがけにツタヤへ。町屋のツタヤは歴史に感心がないため「歴史コーナー」がほぼ全滅という状態です。なにせ「歴史読本」もないときがありますので。また、執筆者がお抱えライターや丸投げが増えてますね。専門職に出せる費用を圧縮しているのでしょう。圧縮=廉価となります。
18:00、帰宅。夕方になるとさすがに冷え込みます。
食後、どうも目の調子が悪い。鏡を見ると右目に小さな血だまりが!!
19:00、体調不良もあり、そのまま就寝。
20:00、滝野川より連絡。ブースの件お願いしました。で、今度こそ本当に就寝。
28日
1:00、起床。また元通りになりました(汗)
2:00、東京大学史料編纂所で会津藩士の対談記録をアーカイヴで入手。本当に助かります。東大もシステムが変わったらしく、一般ピープルには門戸が狭くなりました(汗)
それとメールをいただき、どうやら今回の本の好敵手が出版をするようです。まぁ、自ずとバリエーションは変わってくるでしょうから、面白くなりますね。まぁ、噂によるとクネクネした文章も入るとのこと。それだけで評価を落とすのですが、それは私の預かり知らないところです。捏造、史料隠しで書かれた文章は参考文献として使えませんからね。出石の騒動は自然に耳に入ります。問題起こしておいて出石を知ったかぶりする御仁を登用した時点で評価は出ると思います。私は今回、出石ではお世話になった方がたくさんできました。期待に応えるべく頑張りたいと思います。
話しは変わって、この後、出石の原稿に着手。なんとか15枚まで持っていきたいところ。現在13枚。単に膨らませればよいという問題ではないので、重複を避けつつ格闘。
6:00、14枚に増えたところで休憩。
9:00、関係各所へ連絡。官庁関係は異動の時期ですので確認を。
10:00、ある出版社へ連絡。どうもいけない模様。1年くらい遅れるか?
11:00、国立公文書館のアーカイヴを検索。
13:00、疲労も溜まり、就寝。
23:00、起床(汗)川崎家の史料が到着。これは参考になります。気付かないところでも意外に気付くところがあります。こればかりはかなりの件数を見ていないと解らないでしょう。
こうして夜は更けていきます。

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10:00、川崎さんより連絡。戸籍情報を教えていただきます。才兵衛の妻の実家を分限帳で確認。出石における面白いネットワークが見えてきました。
11:00、豊岡市に分限帳関連で問い合わせ。とても助かっております。御礼申上げます。
14:00、国立公文書館へ。贋金問題の対比となる箇所を確認。やはりありました。維新政府の恐れたのに、「燎原の火」があります。これが贋札犯の処刑に繋がります。ちなみに処刑者は若松県だけでなく多岐に及んでいます。また、新政府の人間でチョロまかしがいても厳罰を下しています。やはり反感を持たれることを怖れたのでしょう。
ほかにも出石関連では仙石騒動の明治以前に書かれたと思われる記録もありました。
16:50、ホンの僅か早く退散し、地元の病院へ。潰瘍性大腸炎の薬をいただきます。本当に長い戦いですが負けたくありません。
帰りがけにツタヤへ。町屋のツタヤは歴史に感心がないため「歴史コーナー」がほぼ全滅という状態です。なにせ「歴史読本」もないときがありますので。また、執筆者がお抱えライターや丸投げが増えてますね。専門職に出せる費用を圧縮しているのでしょう。圧縮=廉価となります。
18:00、帰宅。夕方になるとさすがに冷え込みます。
食後、どうも目の調子が悪い。鏡を見ると右目に小さな血だまりが!!
19:00、体調不良もあり、そのまま就寝。
20:00、滝野川より連絡。ブースの件お願いしました。で、今度こそ本当に就寝。
28日
1:00、起床。また元通りになりました(汗)
2:00、東京大学史料編纂所で会津藩士の対談記録をアーカイヴで入手。本当に助かります。東大もシステムが変わったらしく、一般ピープルには門戸が狭くなりました(汗)
それとメールをいただき、どうやら今回の本の好敵手が出版をするようです。まぁ、自ずとバリエーションは変わってくるでしょうから、面白くなりますね。まぁ、噂によるとクネクネした文章も入るとのこと。それだけで評価を落とすのですが、それは私の預かり知らないところです。捏造、史料隠しで書かれた文章は参考文献として使えませんからね。出石の騒動は自然に耳に入ります。問題起こしておいて出石を知ったかぶりする御仁を登用した時点で評価は出ると思います。私は今回、出石ではお世話になった方がたくさんできました。期待に応えるべく頑張りたいと思います。
話しは変わって、この後、出石の原稿に着手。なんとか15枚まで持っていきたいところ。現在13枚。単に膨らませればよいという問題ではないので、重複を避けつつ格闘。
6:00、14枚に増えたところで休憩。
9:00、関係各所へ連絡。官庁関係は異動の時期ですので確認を。
10:00、ある出版社へ連絡。どうもいけない模様。1年くらい遅れるか?
11:00、国立公文書館のアーカイヴを検索。
13:00、疲労も溜まり、就寝。
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