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「慶応四年新撰組近藤勇始末」、「慶応四年新撰組隊士伝」著者、あさくらゆうが書いているブログです。 *なお、画像の無断使用、本来の意図と関係ない部分をツギハギして論争に使用することを固くお断り申し上げます。
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5日
9:00、起床。

9:30、保健所で検査。体力不足が露呈。寝起きというほどでもないのですが、とにかくヒィヒィ。

 でも桜が綺麗なので精神的には良いかも。

11:00、病院に寄ってから帰宅。せっかくなので遠出を決意。

13:30、国立公文書館到着。

 きょうは「復古記」に所収される記録の原本(正確には写本)を閲覧しました。笑い話ですが、「若松記草稿」が「若松丸草稿」になってました。データベースが出来て以来、誰も見た人はいないのでしょう。ちなみに私、何回かこうした誤りを教示しています。なんかこれから複写量は多くなりそうです。

 それと「浅田惟季北戦日誌」、これの所在を今更ながら知りました。けっこうなボリュームで、所々に和歌が挿入されています。ほかに「泣血録」を見たのですが、なぜか上巻と書いてありました。下巻はあるのでしょうか?

 あと感心したのが中岡慎太郎の記録2点も所収されてました。武市半平太以下の採決文を見たのは初めてでした。といっても坂本龍馬ファンならご存知のことでしょうが。

 とにかく、新政府軍側の戦況報告なんかは10冊あり、今市戦では捕虜の供述書なんかがあって旧幕府軍の情報が筒抜けだったりと、時間があればじっくり読みたいものでした。

 ほかに幕府の記録でブ厚い文書10冊に圧倒され、余裕と思って行ったつもりが、気付くと3冊目を閲覧してる間にタイムアップ(汗)いやはや、楽しみが増えました(笑)

18:00、整形で注射。どうも2月の転落事故の影響があるようで首からくる左肩の痛みが取れません。かぶれ気味で湿布も貼れないのが悲しいところです。


19:00、帰宅。郵便物に心武館さまから拝島神社の奉納式の模様を綴ったパンフが届いてました。

 扁額を見ましたが、うん、糞尿男と同一の額に入りたくなかったので足を運ばないで正解でした。ただ、糞尿以外、「自称権威」の方々は名前がない。単純に言うと、「なんで私が金を払う必要がある!」というようなものでしょう。

 例の新撰組検定で問題ある監修をされた御仁d思い出すのが岐阜の方の一件です。「史料を使わせてくれ!」と手紙があったので、その掲載された書籍が届くと思いきや、何の音沙汰もない。偶然、私は某所より寄贈を受けておりましたので、使う価値のないものなので、その方にプレゼントしたことがあります。

閑話休題。

 なんか最近熱が出ることが多く、たぶんお腹が原因とは思うものの、薬でなんとか対処しています。おかげで集中力が沸かず、なにも出来ない時間がもったいなく思います。

1:00、体調不良ですが、睡魔が起き難いので、睡眠薬を服用して就寝。

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3日
9:00、起床。きょうは強風のニュースで煩いですね。

 きょうはなんとなくダラダラ。頭がスッキリしないので仕方ないです。

12:00、ようやく頭が回転し始めたので原稿着手。5枚まで書く。

13:00、知識の限界を感じ、次の章を中断。錬れないで書くのは主義ではありません。

14:00、「相棒」の再放送鑑賞。シーズン2の1回目です。懐かしいですね。ちょうど今日、次シーズンの相棒が発表されましたので、比較してしまいます。やはり寺脇時代は良いですね。

17:30、どうも首が痛いので、こんな時期にも関わらず整形へ。それでも患者はいました。

18:30、帰りがけにドンキホーテで買い物。玄関に並べてある商品の自転車がなぎ倒されています。外はあまり気にしないようで、そのまま雨ざらしで放置されています。ここらへんの感覚がなにか違和感を感じます。購入するのは国産の食品、文房具のみですから構いませんが。

 このあたりから急に強風が。周辺の自転車もなぎ倒されています。こういうときに自転車カバーをしているのは確実に倒されます。中に風が入り込むんですね。

 ここで郵便物を見るとブ厚い封筒が。京都龍馬会発行の「近時新聞」が出来上がったようです。今回私は「千葉さなの結婚」を執筆しました。今回は10号ということで読み応えがります。

 やはり頭が回転しないのと熱があるので横臥。

21:00、「TVなんでも鑑定団」を鑑賞。すこし思うところがあり不快。

22:00、朝鮮TVで放送している松本清張のドラマを鑑賞。

4日


10:00、起床。台風一過ですね。近所に我も我もと桜が咲いています。

 史料検索で時間を潰し、福井県立図書館へレファレンス。該当するものが僅かにあり、喜びます。

17:00、足立区立中央図書館へ。復古記等を借ります。拙宅を中心として、足立、台東の図書館である程度の用事が足りることは本当に助かります。いま気になっている田崎公司氏の論文は見当たらず。維新論も大分類では史料はあっても経済論で贋金問題に触れていないので、史学というより経済学という分野違いになるのか。とにかく史料と格闘しないことには話にならないので、とにかく読み込みます。

20:30、帰宅。21:00よりTV東京のドラマを鑑賞。寺脇康文主演のドラマでしたが、やはり寺脇さんは刑事が似合いますね。

0:00、明日は検査があるので就寝。

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拍手[2回]



光明院にある鴻池支配人、増村家墓所
 過去、拙ブログでもココココでも紹介しております流山永岡家の遺物が出たというニュースがありました。

近藤勇本陣の“物証”発見 「秋元」祠から木箱、お札 流山
祠の前で新選組ゆかりの木箱とお札を持つ秋元浩司さん=流山市流山

 新選組局長の近藤勇が最後の陣を敷いた本陣の場所を特定する木箱やお札が流山市流山の祠(ほこら)から見つかった。これまでにも同所は歴史資料などで本陣跡と記されていたが、今回“物証”が発見されたことで史実を裏付けた。

 近藤勇の本陣位置は1920(大正9)年刊の「流山町誌」や幕末の流山の様子を記した「恩田家文書」などの記述を根拠に当時の酒問屋、永岡三郎兵衛方とされている。この永岡方の場所は現在の酒類問屋「秋元」(同市流山2丁目)の敷地だと推察されていたが今回、同敷地の祠から「永岡三郎兵衛」の文字が書かれた木箱やお札が見つかったことで、永岡方の地であったことが立証された。

 木箱とお札に書かれていた年号「元治二年」(1865)は近藤勇が陣を敷いたわずか3年前。この点からもここが本陣位置であった有力な証拠となった。
千葉日報 2012年4月4日

コチラでして、ひとつは棟札らしきもの。ひとつの箱は詳細不明です。ただ花押があるのは面白いと思います。

 元治二年というと、ちょうど長州征伐に入る年で、永岡三郎兵衛が幕府に献金した功労によって一代限り苗字御免が許された年です。これと少し関係するかもしれません。

 どちらにしても、秋元分家の土地が江戸末期、鴻池のあった場所のひとつに違いないことは間違いありません。土地建物の謄本から類推しても、あそこを含めて2ケ所、鴻池があった場所が確認できます。

 近藤勇改め大久保大和守が流山に到着したのは4月2日で、桑名藩用達だった鴻池儀兵衛こと永岡儀兵衛の酒製造元である流山永岡三郎兵衛宅を拠点としたのが同日とされています。このとき隊士が200名を超えておりましたので、地元の支配人、由太郎の菩提寺、光明院ほかに分宿しています。

 しかし、翌日には近隣にあった田中藩陣屋より春日部を通行中の東山道軍斥候隊に注進があり、有馬藤太、上田楠次ら100名が流山に転進し、大久保軍を包囲します。

 おそらく大久保軍は人間は到着しても、荷駄は松戸関所あたりに滞留していたと思われるため、戦闘できる状態になく、投降いたしました。

 この鴻池こと、永岡三郎兵衛方にいたのは実に1泊2日でしたが(隊士は2泊3日)、大久保隊自体が急遽来訪した形となったため、流山村民は大騒動だったようです。

 余談ですが、大久保隊来訪は序章のようなもので、その後、旧幕府軍が何度も流山村に来訪し、桑名藩に至っては軍資金を受け取ったりしています。

 結論から言うと、鴻池で製造される酒の仕込みが失敗したために、志摩屋へ譲渡し、中村権次郎に転売され、この父が当時流山村長だったため、同所に村役場が設置され、大正9年に別の場所に移転後、現在の秋元分家が取得したという構図となります。

 なお、鴻池儀兵衛のことは拙著「慶応四年新撰組近藤勇始末」に掲載しています。

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2日
昨日から細かい作業。

1:30、レンタカーの手配終了。これで4月の旅程がほぼ確定しています。もしかしたら根性で米沢も計画中。しかし米沢を入れると28日の午前中が咸臨丸子孫の会関連で浦賀、午後が板橋とハードスケジュールに(汗)もちろん29日も板橋で全日予定があります。大丈夫か?身体??

9:30、起床。熱あり。

 この後、図書館から借りてきた書籍2冊読了。「英国公使館員~」に少し違和感。中立的に見ているようで、自身のマイルール、つまり主観がある。個人的には米沢藩兵との衝突の真偽が知りたいところです。岡谷繁実についても明治3年ころの会津は詳しいが回顧録なので誤認も見られます。やはり史料は揃えないとミスリードが働きます。

12:00、読書し過ぎたのか、具合悪く就寝。

15:00、再度起床。

17:00、台東区立中央図書館へ。東大出版会の第一シリーズが開架されています。ここで書籍と格闘。山本覚馬と木戸孝允の面会記事等、いくつかをコピー。それと新システムへ切り替えて、図書を借ります。他区でも借りられるのは便利です。約2時間以上いましたが消化不良です。

20:20、帰宅。TVタックルを鑑賞。最後にナベツネが闊達な弁だったのに現役を感じます。一方、三宅さんは10年前から較べると、ろれつのスピードが違います。潔いですね。三遊亭圓楽もそうですが、引き際を心得ています。

22:00、読書タイム。会津戊辰戦争史料集を。半分が明治の雑誌記事の転載。良いのもありますが、取扱危険のものも。遺体埋葬問題についてはどうしても昨年の震災後の遺体搬送と重なります。

 たぶん、民政局が会津藩から業務引継ぎがあったと思い込んでいる方が多いようですが、記録だけ見ると完全に「ゼロ」からスタートしています。ゼロなのでやることもイチから構築しなければならない。そうなればやることにも順序が出来る。関与しない立場にすれば「アレヤレ」「コレヤレ」となるでしょうが、こうしたことが軋轢になっている気もします。

 ただ、ひとつ気がかりなのは久保村文四郎の側面史料がないことです。彼はいつ生まれ、どのようにして戊辰役を迎え、民生局の役職者となったのか。民政局の史料が出現しているのも会津側のみなので、政府側からわかるものがあれば対比できるのですが…。

 こんなことを考えつつ、0:30、就寝。
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拍手[4回]


 HPのTOPからは186名の訪問者がお越しいただきました。ご来訪ありがとうございます。今月は約50名増ですが、2月に200名以上の減少が見られましたので、その反動かと思われます。

リンク元ですが、

1.… 36.8% google検索
2.… 23.1% yahoo検索
3.… 14.7% ブックマーク
4.… 8.4% ブログ
5.… 5.2% 古い戸籍の知識箱

 googleが今月も1位でした。検索比率は総合するとやや減少した代わり、ブックマークの増加が見られました。その代わりブログから来る比率が減少して4位に転落です。これはネット環境の変化と思われます。5位は姉妹HPが入っています。

 ブログの総閲覧者数は5,213名でした。ご訪問ありがとうございます。前月比約1,000名の増加が見られます。やはり先月の反動と、約1名の閲覧件数がかなりの比率で上昇しています。

 訪問者をドメイン別で見てみますと、

1.…14.8% hi-ho.ne.jp
2.…12.5% ocn.ne.jp
3.… 6.8% bbtec.net
4.… 4.5% google.bot
5.… 4.1% plala.or.jp

 ご訪問ありがとうございます。1位のgooleロボットが今回は一気に4位まで下落しました。それだけ訪問者数が上昇したということでしょう。特にhi-hoが集中的に、気味が悪いくらい著しく増加しております。あとは手堅く通常に近い形で推移しています。

リンク元ですが、

1.… 46.2% ブックマーク
2.… 12.3% yahoo検索
3.… 10.2% 無二無三(ブログ内検索)
4.… 7.8% google検索
5.… 3.2% ブログ村

今回、ブックマーク比率がやや増加しています。TOPページを経由せず、直接ブログに到達する方が多いようですが、今回、google検索が減少傾向に見られ、ブログ内検索が上昇しています。ブログランキングともども、ブログ村の比率は上昇しております。ご貢献いただきありがとうございます。

キーワードですが、

1.… 13.0% 無二無三
2.… 8.2% あさくらゆう
3.… 7.7% 新選組検定
4.… 2.7% 久野久(久子)
5.… 2.1% 川崎尚之助

 1位はほぼ変動なく推移し、あさくらゆうの比率が若干上昇しました。なにより3月に催される新選組検定について、試験日までの閲覧件数が圧倒的に凌駕しており、一時2位に肉薄しましたが、検定終了とともに閲覧者が消えました。ピアニストはやはり久野久の人気は衰えず、今月は川崎尚之助が5位に復帰しました。今回は接戦がなく、広範囲にキーワード検索がったのも特徴です。データが一番あるのが拙ブログですのでそうなるのかもしれません。

 さて来月は注目する記事も少ないので横ばいのような気がしますが、川崎尚之助の動向と久野久の命日なので、4件はそのままランクインするかもしれませんね。


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