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7日
13:00起床。なんとか起きられました。寝たのは朝ですから(それも睡眠薬の力を借りて)、よかったです。
各種支度を先週アポイントをいただいた方へ差し上げる文書類の整理をしました。また、翻訳した古文書に誤りも発見。修正にとまどいギリギリになりました(汗)
15:40、家を出発。本日の会合場所にセッティングした「うな万」へ。すると新選組ファンの方が。少し談話。この前の伊東甲子太郎ではないですけど、実証のない話は真実性を持たない、という話をしたように記憶しています。
ご連絡をいただき綾瀬駅まで出迎えに。Kご夫妻がお越しになり「うな万」へご案内。
さっそく話になりました。いやぁ、驚きの連続。そして話が本当に繋がります。嬉しかったのは千葉さなの姉、梅尾の消息と没年、菩提寺でした。千葉姓に復籍していたようです。
そして基本的にK氏は千葉栄次郎のご子孫として有名なのですが、私にとっては千葉さなの妹のご子孫という印象がありました。そして念願の千葉さなの妹、「はま」さんの写真を拝見いたしました。ご高齢になるまで存命だったこともあり、写真は80を超えているようですが、目の輝き、そして道場で面を被ることがあったのでしょう。面ズレの感じが印象的でした。これを若い時分に戻せばじゅうぶんに美しい方であったのだろう、ということと、千葉さなの容貌を記述した山梨日日新聞の記事の雰囲気と合致する部分があり、なんとなく千葉さなの容貌が想像できました。姉妹ともども美人だったことでしょう。
実は戦後ではありますが、千住には「千葉家は美人が多い」との伝承があり、それをやはり受け継いでいるように思います。公開は足立史談かなにかの媒体で公開したいと思います。
こうして話していると時間の過ぎるのも忘れて、気がつけば20:30!再度綾瀬駅まで送り、うな万増田さんに御礼して辞去いたしました。
21:30帰宅。帰り、実は寒風凄まじく、しっかり寒気にヤラレテしまい、22:00には就寝。とにかく感動の1日でした。
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13:00起床。なんとか起きられました。寝たのは朝ですから(それも睡眠薬の力を借りて)、よかったです。
各種支度を先週アポイントをいただいた方へ差し上げる文書類の整理をしました。また、翻訳した古文書に誤りも発見。修正にとまどいギリギリになりました(汗)
15:40、家を出発。本日の会合場所にセッティングした「うな万」へ。すると新選組ファンの方が。少し談話。この前の伊東甲子太郎ではないですけど、実証のない話は真実性を持たない、という話をしたように記憶しています。
ご連絡をいただき綾瀬駅まで出迎えに。Kご夫妻がお越しになり「うな万」へご案内。
さっそく話になりました。いやぁ、驚きの連続。そして話が本当に繋がります。嬉しかったのは千葉さなの姉、梅尾の消息と没年、菩提寺でした。千葉姓に復籍していたようです。
そして基本的にK氏は千葉栄次郎のご子孫として有名なのですが、私にとっては千葉さなの妹のご子孫という印象がありました。そして念願の千葉さなの妹、「はま」さんの写真を拝見いたしました。ご高齢になるまで存命だったこともあり、写真は80を超えているようですが、目の輝き、そして道場で面を被ることがあったのでしょう。面ズレの感じが印象的でした。これを若い時分に戻せばじゅうぶんに美しい方であったのだろう、ということと、千葉さなの容貌を記述した山梨日日新聞の記事の雰囲気と合致する部分があり、なんとなく千葉さなの容貌が想像できました。姉妹ともども美人だったことでしょう。
実は戦後ではありますが、千住には「千葉家は美人が多い」との伝承があり、それをやはり受け継いでいるように思います。公開は足立史談かなにかの媒体で公開したいと思います。
こうして話していると時間の過ぎるのも忘れて、気がつけば20:30!再度綾瀬駅まで送り、うな万増田さんに御礼して辞去いたしました。
21:30帰宅。帰り、実は寒風凄まじく、しっかり寒気にヤラレテしまい、22:00には就寝。とにかく感動の1日でした。
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6日
毎年恒例の咸臨丸子孫の会の年1回催される総会に出席いたしました。
私のイメージでは霞ヶ関ビルなのですが、本年は地元ではう○こビルという名前で有名なアサヒタワービルの22Fでした。
実はこんなに話題沸騰なのに一度も近づいたことのないスカイツリーを間近で見ることが出来ました。さすがに地デジ化もありますのでアンテナは完成していました。
さて、総会は会計報告と活動報告ですが、恥ずかしながら昨年の私は体調不良が重なり、横須賀と浦賀のみ参加いたしました。報告では驚いたのが、交通費を会で用意していたにも関わらず、講師のひとり、ブルック氏は渡航費用を自費で来られたということです。
「呼んでいただいたのだから…」
という気持ちに新たな感動を覚えました。原稿はあったとしても前座と対照的で、原稿が頭のなかに入っていたのでとまどうことなく訥々とお話しいただいていたのが印象的です(なお、ブルック氏は英語のため、逆に英語圏、耳の不自由な方のために同時通訳と手話が一緒についていました)。
こうして会計報告も終り、9月の木古内行きが強制的に決まり(汗)、少し書籍を置いていただいたものもすべて完売させていただきました。ここに御礼申し上げます。共通の知人がいることから仲良くさせていただいているMご夫妻に「うさん臭い人物」についての人物照会あり。その通りと回答しました。なお、このご主人は昭和49年(1974)に起きた三菱重工ビル爆破事件の目撃者でもあり、これを主題として小説「爆風」(ペンネーム・沖島信一郎)を出版されました。読むのが楽しみです。ちなみに先日訪れた警視庁参考室にもこの事件のコーナーがありましたことが印象的です。
なお、今回のお店はイタリアンだったのですが、霞ヶ関ビルのように先手必勝のビュッフェスタイルではありませんので十分にお腹も満足いたしました。
14:00にいったん解散となり、2次会に。ずいぶん話も盛り上がり、16:00に解散。
ちょうどこの後、寄りたいところがあり、浅草のSという寺院に。墓参ですが、該当氏名を見つけることが出来ませんでした。というか、5基あり、判断できなかったのが実情です。
で、久々に我が故郷の近所に参ったのですが、この側に流れているのが山谷堀でして、昭和50年代までに吉野橋まで、昭和60年代までに完全消滅しています。しかし、一部隙間が開いて開渠の部分が存在します。意外と気づかないと思います。暗渠ブームのなか、子供のころからドブ川をよく知っていたので判ります。でもここ数年で埋め立てられているのも多いかも知れません。
17:30帰宅。笑点鑑賞後、悪寒が、そのまま19:30まで就寝。これで逆に目が冴えてしまい、「千葉の名灸」を2本翻刻しました。さなの項目は終り、千葉束の項目に入ります。
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毎年恒例の咸臨丸子孫の会の年1回催される総会に出席いたしました。
私のイメージでは霞ヶ関ビルなのですが、本年は地元ではう○こビルという名前で有名なアサヒタワービルの22Fでした。
実はこんなに話題沸騰なのに一度も近づいたことのないスカイツリーを間近で見ることが出来ました。さすがに地デジ化もありますのでアンテナは完成していました。
さて、総会は会計報告と活動報告ですが、恥ずかしながら昨年の私は体調不良が重なり、横須賀と浦賀のみ参加いたしました。報告では驚いたのが、交通費を会で用意していたにも関わらず、講師のひとり、ブルック氏は渡航費用を自費で来られたということです。
「呼んでいただいたのだから…」
という気持ちに新たな感動を覚えました。原稿はあったとしても前座と対照的で、原稿が頭のなかに入っていたのでとまどうことなく訥々とお話しいただいていたのが印象的です(なお、ブルック氏は英語のため、逆に英語圏、耳の不自由な方のために同時通訳と手話が一緒についていました)。
こうして会計報告も終り、9月の木古内行きが強制的に決まり(汗)、少し書籍を置いていただいたものもすべて完売させていただきました。ここに御礼申し上げます。共通の知人がいることから仲良くさせていただいているMご夫妻に「うさん臭い人物」についての人物照会あり。その通りと回答しました。なお、このご主人は昭和49年(1974)に起きた三菱重工ビル爆破事件の目撃者でもあり、これを主題として小説「爆風」(ペンネーム・沖島信一郎)を出版されました。読むのが楽しみです。ちなみに先日訪れた警視庁参考室にもこの事件のコーナーがありましたことが印象的です。
なお、今回のお店はイタリアンだったのですが、霞ヶ関ビルのように先手必勝のビュッフェスタイルではありませんので十分にお腹も満足いたしました。
14:00にいったん解散となり、2次会に。ずいぶん話も盛り上がり、16:00に解散。
ちょうどこの後、寄りたいところがあり、浅草のSという寺院に。墓参ですが、該当氏名を見つけることが出来ませんでした。というか、5基あり、判断できなかったのが実情です。
で、久々に我が故郷の近所に参ったのですが、この側に流れているのが山谷堀でして、昭和50年代までに吉野橋まで、昭和60年代までに完全消滅しています。しかし、一部隙間が開いて開渠の部分が存在します。意外と気づかないと思います。暗渠ブームのなか、子供のころからドブ川をよく知っていたので判ります。でもここ数年で埋め立てられているのも多いかも知れません。
17:30帰宅。笑点鑑賞後、悪寒が、そのまま19:30まで就寝。これで逆に目が冴えてしまい、「千葉の名灸」を2本翻刻しました。さなの項目は終り、千葉束の項目に入ります。
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まず、拙ブログには昨年この記事で紹介した一件ですが、終息どころか大変なことになっていることを知りました。
発端はコチラのブログで紹介されている通り、所蔵者に無断でカラー化したものを郵便会社とコラボして販売しようとしたことが発端です。そこでサンディアという会社がこの「おりょう」の写真を使ってさまざまな商品販売を展開していたことを受けて「おかしい?」となり、所蔵者に連絡した方がいた訳です。
当然所蔵者は寝耳に水の話で、郵便会社も当初はサンメディアの言い分を信じたらしく、かなり高姿勢な態度で所蔵者と対談したそうです。
サンメディアのHPを見れば判るのですが、この「おりょう写真」の入手経路について、同社はこのようなコメントをしています。
こちらは20数年前に得意先より印刷物を持って来られカラー化して欲しいと頼まれた物で、その印刷物は先方に返却されているので手元に無い、その人も震災があり所在が分からない。
これについて大きな瑕疵があります。
まずあのカットの写真ですが、世に公表されたのは2000年、つまり平成12年になります。現在は平成23年ですのでどのように計算すると20数年前になるのかわかりません。どこかの国で計算するとそうした年数になるのかはわかりませんが。
そしてもうひとつの問題は、サンメディアが郵便会社に提示した印刷物、つまり「おりょう写真」のカラー化する前の元画像ですが、これにもとんでもない瑕疵があることが判明しています。
つまりこういうことです。今回の「おりょう写真」ですが、2000年に公表した後、ちょっとした事故により傷が発生してしまったそうです。実は郵便会社が提示したその印刷物の画像にはその傷さえも写っていたというのです。
ちなみに提供された人物についても疑問ですが、サンメディアは郵便会社等の方々は個人名まで出して真実を訴えているにも関わらず、この提供を受けたとされる人物については伏せたままになっています。得意先というのですから、法人組織である可能性が強く、商業登記簿謄本から震災(いったいドコの震災なのか?まさか海外?)後の所在地が判明する訳です。ちなみに戦後の震災以降で再生戸籍というのは聞いたことがありませんので、書士業の方に依頼すればその方の生存の可否はわかる訳です。社会的事件に発展していますので取得は可能です。とにかく2001年以降に発生した傷が写っている限り2001年以降でなければならず、この会社が嘘をついていることは明白です。
私も所蔵者を存じておりましたのでかねて以前に事情を確認しましたが、上記の通りであり、本来ならサンメディア側とすれば、事後承諾でも良かったにも関わらず、有償による許可を受けていれば問題が発展することはなかったのです。個人的には早々の商標登録をすることをお勧めしたいですね。実例では小島資料館にある近藤勇の妻、ツネが縫ったドクロは小島資料館の商標登録とされています。なので無断使用すれば使用禁止、損害賠償が請求できるのです。古写真だからいくつもあるじゃないか?という方もいるかも知れませんが、現時点において、所蔵者の写真のカットは現時点においてアレ1点きりです。つまり傷も登録の対象になりますから同一性が薄れてきている訳です。同一性の少ないものであれば商標登録は可能です。
しかし、現在のHPを見る限り、反省どころか、逆ギレして、更にうさん臭さが増してきています。
そして再度拙ブログで採りあげた記事で問題視したスーパーインチキフレーズ写真についても逆ギレ現象を起こしていることが判ります。
たぶん昨年のNHK大河ドラマ「龍馬伝」の終了に伴い幕末ブームが沈静化することを恐れた同社が在庫処分も検討し、スポーツ報知に公告宣伝を出したことで再加熱しました。
このフルベッキ写真については高橋信一さんという慶応大学の方が研究されている写真で、この方にコメントを歪曲して掲載されたことでエキスパートしました。私は古写真研究者ではありませんので、内容についてはコチラのブログ記事とコチラのブログ記事で、一般人でも理解ができてしまいます。
正直言いますと、この会社の経営者は嘘を押し通すということを信念としているとしか言いようがありません。ある一方であの写真の最後に「幕末のオールスター集合写真?」みたいに「?」で逃げる一手もあったろうに逆ギレする状態ということは哀れとしか言いようがありません。
私がこの写真について、どうして言及するか?簡単です。日本は広く、ネット環境を持たない超田舎に在住する地方史家なんかがいまして、私も日本全国に取材旅行を敢行している訳です。そんななか、いかにも自慢げにこの写真を見せられた事例が2件存在します。こうした高齢者を騙す商法を行うことに恥ずかしさはないのか?こうした怒りがこみあげてくるのが今回の一件なのです。
個人的に簡単に終息する方法を申し上げましょう。お詫びすることはしなくてよいのですから、事後申請で許可を取り、フルベッキ写真のキャプションを変えて???な状態で販売することです。それ以外にこの会社が名誉回復する方法はないかと思います。
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発端はコチラのブログで紹介されている通り、所蔵者に無断でカラー化したものを郵便会社とコラボして販売しようとしたことが発端です。そこでサンディアという会社がこの「おりょう」の写真を使ってさまざまな商品販売を展開していたことを受けて「おかしい?」となり、所蔵者に連絡した方がいた訳です。
当然所蔵者は寝耳に水の話で、郵便会社も当初はサンメディアの言い分を信じたらしく、かなり高姿勢な態度で所蔵者と対談したそうです。
サンメディアのHPを見れば判るのですが、この「おりょう写真」の入手経路について、同社はこのようなコメントをしています。
こちらは20数年前に得意先より印刷物を持って来られカラー化して欲しいと頼まれた物で、その印刷物は先方に返却されているので手元に無い、その人も震災があり所在が分からない。
これについて大きな瑕疵があります。
まずあのカットの写真ですが、世に公表されたのは2000年、つまり平成12年になります。現在は平成23年ですのでどのように計算すると20数年前になるのかわかりません。どこかの国で計算するとそうした年数になるのかはわかりませんが。
そしてもうひとつの問題は、サンメディアが郵便会社に提示した印刷物、つまり「おりょう写真」のカラー化する前の元画像ですが、これにもとんでもない瑕疵があることが判明しています。
つまりこういうことです。今回の「おりょう写真」ですが、2000年に公表した後、ちょっとした事故により傷が発生してしまったそうです。実は郵便会社が提示したその印刷物の画像にはその傷さえも写っていたというのです。
ちなみに提供された人物についても疑問ですが、サンメディアは郵便会社等の方々は個人名まで出して真実を訴えているにも関わらず、この提供を受けたとされる人物については伏せたままになっています。得意先というのですから、法人組織である可能性が強く、商業登記簿謄本から震災(いったいドコの震災なのか?まさか海外?)後の所在地が判明する訳です。ちなみに戦後の震災以降で再生戸籍というのは聞いたことがありませんので、書士業の方に依頼すればその方の生存の可否はわかる訳です。社会的事件に発展していますので取得は可能です。とにかく2001年以降に発生した傷が写っている限り2001年以降でなければならず、この会社が嘘をついていることは明白です。
私も所蔵者を存じておりましたのでかねて以前に事情を確認しましたが、上記の通りであり、本来ならサンメディア側とすれば、事後承諾でも良かったにも関わらず、有償による許可を受けていれば問題が発展することはなかったのです。個人的には早々の商標登録をすることをお勧めしたいですね。実例では小島資料館にある近藤勇の妻、ツネが縫ったドクロは小島資料館の商標登録とされています。なので無断使用すれば使用禁止、損害賠償が請求できるのです。古写真だからいくつもあるじゃないか?という方もいるかも知れませんが、現時点において、所蔵者の写真のカットは現時点においてアレ1点きりです。つまり傷も登録の対象になりますから同一性が薄れてきている訳です。同一性の少ないものであれば商標登録は可能です。
しかし、現在のHPを見る限り、反省どころか、逆ギレして、更にうさん臭さが増してきています。
そして再度拙ブログで採りあげた記事で問題視したスーパーインチキフレーズ写真についても逆ギレ現象を起こしていることが判ります。
たぶん昨年のNHK大河ドラマ「龍馬伝」の終了に伴い幕末ブームが沈静化することを恐れた同社が在庫処分も検討し、スポーツ報知に公告宣伝を出したことで再加熱しました。
このフルベッキ写真については高橋信一さんという慶応大学の方が研究されている写真で、この方にコメントを歪曲して掲載されたことでエキスパートしました。私は古写真研究者ではありませんので、内容についてはコチラのブログ記事とコチラのブログ記事で、一般人でも理解ができてしまいます。
正直言いますと、この会社の経営者は嘘を押し通すということを信念としているとしか言いようがありません。ある一方であの写真の最後に「幕末のオールスター集合写真?」みたいに「?」で逃げる一手もあったろうに逆ギレする状態ということは哀れとしか言いようがありません。
私がこの写真について、どうして言及するか?簡単です。日本は広く、ネット環境を持たない超田舎に在住する地方史家なんかがいまして、私も日本全国に取材旅行を敢行している訳です。そんななか、いかにも自慢げにこの写真を見せられた事例が2件存在します。こうした高齢者を騙す商法を行うことに恥ずかしさはないのか?こうした怒りがこみあげてくるのが今回の一件なのです。
個人的に簡単に終息する方法を申し上げましょう。お詫びすることはしなくてよいのですから、事後申請で許可を取り、フルベッキ写真のキャプションを変えて???な状態で販売することです。それ以外にこの会社が名誉回復する方法はないかと思います。
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5日
3:00、寝られず。仕方なく「千葉の名灸」2本翻刻。千葉さなの必殺!一本背負い炸裂(爆)
5:00、せっかくなのでコンビニまで出掛け、東京新聞を購入。21面に掲載されています。山口菊次郎に関する記事です。コメントは桂歌丸さんがしています。文中、本当に隙間のない記事に仕上がりました。あれだけ打ち合わせしましたからかなり濃いです。
6:00、ようやく睡魔が訪れたので就寝。
12:00起床。滝野川新選組まつり実行委員会より昨日、参加願いが届いておりましたが、どうも昨年、問題を起こしてサミット構成団体を除名された団体の方にも届いたとの報告が加盟団体より連絡をいただき事情確認を。主催者に問い合わせたところ、いくつかの手違いがあったようで……一応日野等と連携を確認いたしました。。
一応、今回は滝野川に協力体制を取りたいと思っています。市谷柳町試衛館と協力し、かつ私からも少し板橋一件に関するパネル展示を行うことも考えています。
13:50、用事があって千住へ。
15:00、帰宅。少し悪寒。
16:00、少し電話。他の団体関係に連絡事項がいくつか。
19:30、少し買い物。帰りにスーパーで「古奈屋のカレーうどん」を購入。食事したら美味。この時期には良いですね。レトルトでもうどん、蕎麦だとソンナに遜色はありません。
24:30、根性で就寝。
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5:00、せっかくなのでコンビニまで出掛け、東京新聞を購入。21面に掲載されています。山口菊次郎に関する記事です。コメントは桂歌丸さんがしています。文中、本当に隙間のない記事に仕上がりました。あれだけ打ち合わせしましたからかなり濃いです。
6:00、ようやく睡魔が訪れたので就寝。
12:00起床。滝野川新選組まつり実行委員会より昨日、参加願いが届いておりましたが、どうも昨年、問題を起こしてサミット構成団体を除名された団体の方にも届いたとの報告が加盟団体より連絡をいただき事情確認を。主催者に問い合わせたところ、いくつかの手違いがあったようで……一応日野等と連携を確認いたしました。。
一応、今回は滝野川に協力体制を取りたいと思っています。市谷柳町試衛館と協力し、かつ私からも少し板橋一件に関するパネル展示を行うことも考えています。
13:50、用事があって千住へ。
15:00、帰宅。少し悪寒。
16:00、少し電話。他の団体関係に連絡事項がいくつか。
19:30、少し買い物。帰りにスーパーで「古奈屋のカレーうどん」を購入。食事したら美味。この時期には良いですね。レトルトでもうどん、蕎麦だとソンナに遜色はありません。
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3日
15:00、起床。睡眠薬で一昨日よりは早い眠りでしたが起きたのが同じ時間でゃ意味がありません(汗)
ちょっとボケボケ。「科捜研の女」をボッとして観ている。
18:00、新聞社より連絡。記事がいよいよ掲載されることになりそうなので詰めを。この記者(といっても支局長ですが)さんは細かいところも追及される熱心な方でかなり煮詰まった話になっています。
19:00、足立区立中央図書館へ。細かい作業のため、閉架資料を閲覧。時間の余りで毎日新聞の復刻版を拝見。鈴木三樹三郎の義兄が亡くなったため、後任に誰ソレが就任した等の記事を発見。けっこう細かく見るといろいろな発見があるものです。
21:00、帰宅後、再度新聞社と打ち合わせ。細かい部分で煮詰める。なんか下手なドラマよりも良い作品のような現実になっています。発表がどんどん楽しみになります。
2:00就寝。
4日
12:00、新聞社からの電話で起床。面白くなってきました。
13:00起床。ようやく元に戻しつつあります。
14:00、準備中、1本の電話が。吉報です。
15:00、家を出ます。田端駅より山手線に乗りますが、きょうも電車が遅れております。
16:00、都庁第一庁舎へ到着情報公開課で少し談話。よい方向の話もいただき嬉しく感じます。
17:00、1本で行けることもあり都営大江戸線で豊島園駅へ出口の目の前が田島11ケ寺の門前です。熊木家、三村家、千葉家と、ともに北辰一刀流メンバーの墓参を済ませ、電話を。アポを取り、少し仁寿院の住職と談笑。
18:30、西武線で池袋へ。JRに乗り換えて帰宅……といきたかったのですが、町屋の、以前ガス欠を起こした場所でまたもやガス欠!まだGSが開いている時間でしたのでツタヤと銀行で寄り道と休憩を兼ね、約1.5㎞先のGSで給油(汗)根性出ました……。
20:30、帰宅。
22:00、しばらく連絡が取れなかった方よりTEL。少し安心しました。
1:00、就寝
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ちょっとボケボケ。「科捜研の女」をボッとして観ている。
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19:00、足立区立中央図書館へ。細かい作業のため、閉架資料を閲覧。時間の余りで毎日新聞の復刻版を拝見。鈴木三樹三郎の義兄が亡くなったため、後任に誰ソレが就任した等の記事を発見。けっこう細かく見るといろいろな発見があるものです。
21:00、帰宅後、再度新聞社と打ち合わせ。細かい部分で煮詰める。なんか下手なドラマよりも良い作品のような現実になっています。発表がどんどん楽しみになります。
2:00就寝。
4日
12:00、新聞社からの電話で起床。面白くなってきました。
13:00起床。ようやく元に戻しつつあります。
14:00、準備中、1本の電話が。吉報です。
15:00、家を出ます。田端駅より山手線に乗りますが、きょうも電車が遅れております。
16:00、都庁第一庁舎へ到着情報公開課で少し談話。よい方向の話もいただき嬉しく感じます。
17:00、1本で行けることもあり都営大江戸線で豊島園駅へ出口の目の前が田島11ケ寺の門前です。熊木家、三村家、千葉家と、ともに北辰一刀流メンバーの墓参を済ませ、電話を。アポを取り、少し仁寿院の住職と談笑。
18:30、西武線で池袋へ。JRに乗り換えて帰宅……といきたかったのですが、町屋の、以前ガス欠を起こした場所でまたもやガス欠!まだGSが開いている時間でしたのでツタヤと銀行で寄り道と休憩を兼ね、約1.5㎞先のGSで給油(汗)根性出ました……。
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